慶次は最初、ずっと見ているだけの俺をチラチラと確認していたが、暫くすると俺の存在を忘れたように必死になって探し始めた。
多分今なら声をかけても気付かれない。それくらい慶次は熱心だった。
「…慶次」
小さい声で名前を呼ぶ。きっと気付かれていないのだろう、草を掻き分ける慶次の手は休まる事は無い。
「どうしてそんなにムキになるんだよ。」
聞いていないのか、それとも聞こえていないふりをしているのか。後者なのだろうという事は何となく雰囲気で感じ取っていたが、それでも俺は口を開いた。
「いつもの慶次なら『離れるのも何かの縁だ』って言って、失せ物を探すような事なんてしない。」
ガサガサと草を分ける音が響く中、慶次の手がピタリと止まった。続いていた音が終わると辺りは静寂に包まれて、俺は先程の慶次の冷たい声音を思い出してしまい僅か震えた。
でも慶次は何も言わない。ただ、手を止めて俺の言葉が聞こえているという事だけを伝えている。
「なんであんな物にそんなに執着してんだよ。」
「…じゃない。」
微かに聞こえた声に俺は一瞬戸惑った。まさか慶次が俺の言葉に返事をしてくれるなんて思っていなかったのに。
俺の言葉に返答をくれた事に俺は浮かれた。しかしその後に続いた言葉は俺を再び拒絶するような内容だった。
「あれは『あんな物』なんかじゃない。…お前にはわからないよ。」
さっきの失望の色を滲ませた声音にそれは良く似ていた。蔑まれた訳でもなければ、怒られたり責められた訳でもない。その声には諦めが混じっていた。
それは先程よりも強く俺の頭をガツンと打った。
「もういいだろ、さっさと帰れ。」
その声は先程とは全く違い、優しい言葉だったが、それに頷いたら二度と慶次とは口をきけなくなってしまうのでは無いかと言う気がして、どうしても俺は動く事が出来なかった。
「帰れよ。」
三度目。もうこれ以上慶次が俺に何かを言う事は無いだろう。
その事実がやけに痛く感じられて、俺は無意識のうちに手をギュッと握り締めて俯いた。
「慶次にとって、あの簪はとっても大切なものだったんだろ。…それくらい、わかってるよ。」
長い髪を鬱陶しそうに結わいていた慶次に似合うと思って、初めて簪をあげた時。あの時慶次は本当に嬉しそうに笑ってくれた。慶次が喜んでくれただけで、俺も何だかとても幸せな気分になれた。
大切にするって笑ってくれたあの時から、あの簪は俺にとっても大切な宝物だったけれど。
「でも、俺にとって、あの簪は俺を惨めにさせるだけのもんなんだよ。」
「どうしてだよ!」
突然の怒鳴り声に驚いて顔を上げると、先程まで地面にしゃがみこんでいたはずの慶次が立ち上がってこちらを見据えていた。
「だって…」
慶次を飾っていた簪はどれもこれも、慶次に似合う綺麗なものばかりだ。俺のあげた簪なんて、比にもならない。
「俺はとっても大切にしてたのに、どうしてお前がそんな事言うんだよ!」
感情のままに慶次は俺の胸倉に掴みかかった。それを俺はまるで他人事のように見つめて、その手から腕と視線を上げていき、慶次の顔を見た。
その表情が月光に照らされた時、俺は息を飲んだ。
慶次の顔は怒りではなく、悲しみを浮かべていたのだ。
「慶次…?」
「なぁ、どうしてだよ。どうしてそんな事言うんだよ。」
今にも泣きそうな顔をして問うてくる慶次。できる事ならその言葉を否定して欲しいと、そう思っているのがよくわかった。
「俺は嬉しかった。が、一年の殆ど会えないような俺の為に簪をくれた事。それを似合うって言ってくれた事、すっごく嬉しかった。」
俺の胸倉を掴んでいる慶次の手、それに言葉も僅かに震えているのがわかった。必死にせりあがってくる感情を抑えているんだろう、時折小さくしゃくりあげる様な音も聞こえる。
「あの簪も、それをくれたの気持ちも、俺にとっては大切な宝物なのに。…それなのに、どうして否定するんだよ!」
叫ぶような慶次の声。俺の言葉が慶次の心を抉っていたのだと、そう気付いて俺は胸が痛くなった。
慶次は優しいから、あの簪だけじゃなくて、あの簪に込めた俺の気持ちも大切に持っていてくれたんだろう。それなのに、俺は…。
「だって、嫌だったんだ。」
出した声は震えていた。それに気付いた慶次の手の力が僅かに緩んで、俺の襟から手を放す。
一度口にしてしまえば、内に秘めていたはずの言葉は一気に流れ落ちてきた。
「一番似合うと思って一生懸命選んで買ったはずの簪が、一番くすんで見えたのが悲しかった。どの簪も慶次に似合うのに、俺の簪だけ不恰好で…それが嫌だったんだ。」
だから、髪を結いなおす時に隠したんだ。と正直に謝って懐の簪を取り出そうと思っていたその時、慶次は物凄い勢いで抱きついてきた。

