「白いのは謙信公からの貰いもんでさ。」
白い、と表現するこの簪。見た事は無いが、もしかしたら象牙でできているものでは無いだろうか。牛の乳に似た僅か黄色がかった白い色の上品な事、上品な事。その上精巧な細工が細かに彫られている。
そして、二本目。白と黒の配置を考えながらゆっくりとさしていく。
「赤いのは、京の太夫から貰った。って、全部貰いもんばっかだな。」
女用の簪は貝を使った桜の花が細工として入り込んだ、上等な一品だ。太夫の持つ簪ならではの色の強さは、慶次の派手さに良く合っている。
赤の色が入ると一気に華やかさが増す。それを見ながら三本の配置を確認して、それをさした。
「どれも慶次に似合ってる。」
最後に俺の手に残ったのは、俺が慶次にあげた簪。こんな圧倒的に美しい簪と一緒にさすにはあまりにも貧相すぎる簪を、俺は強く握る。
店で買う時は、慶次にあげた時は、あんなに綺麗だと思っていた簪が、とてもくすんだように見えた。
無言で簪を見つめる俺を夢吉が不思議そうに見つめていたので、俺は夢吉に笑みを浮かべてからそっとその簪を懐にしまった。秘密だよ、と口だけで象れば、わからないのか首を傾げたようだった。
「どうだどうだ、できたかい?」
「おう、完璧!」
俺が言えば慶次はまた先程と同じように座り直してから、俺の膝の上の夢吉を抱き上げてまた肩に乗せた。
「よっし、飲むぜ。折角の桜だ、花見は酒が無くっちゃな。」
慶次は半分ほど残っていた杯をグィと呷ってから手酌で新たな酒を酌む。一杯が多いこの杯で半分といえばかなりの量だ。
それを一気に飲み干す慶次に俺は怪訝な顔をする。
「程ほどにな。去年も一昨年も、花見の度に意識を飛ばすほど飲みやがって…誰が宿まで送ってやってると思ってるんだ?」
毎年のようにこの巨体を、町外れの丘から宿屋まで引っ張っているのは俺だ。普通の体格の俺と、普通より頭一個分でかい慶次の差はかなり大きい。
俺が毎日のように鍛えてなかったら、慶次は丘で一晩を過ごす事になっているのだから、少しは感謝して欲しいものだ。
「わかってるわかってる!」
大丈夫だと言って酒を飲む慶次。簪の事には一向に気付かない様子で、俺はほっとしている反面、どこか悲しい気がして仕方が無かった。
そして結局、慶次は酔いつぶれた。その巨体を背負って丘から町へ。町には俺達と同じく花見と言う名の酒盛りをしている輩ばかりで、そんな奴らは慶次を担ぐ俺を見て笑っていた。
それも毎年の事。毎年慶次が泊まる宿に慶次を運びいれ、部屋に放り投げる。
かなりの体力の消耗に体はいう事を聞かない。運び終えたという達成感と三杯ほど飲んだ酒もあいまって、俺はそのまま倒れる様に眠ってしまった。
「…ん?」
夜中、ふと目が覚める。障子を開けて中天に昇った月を見て大体の時間を確認していると、ひっそりとした町中を、一人の男が徘徊している。
見た事のある姿だと思っていたらそれは慶次だった。慌てて部屋の中を見回すと、慶次の姿は無い。どうやらいつの間にか外に出ていたらしいが、どうしてこんな時間に起きて、外に出ているのか。まして夢吉を置いていくなんて、おかしすぎる。
慶次は夜中でも月が綺麗だという理由でそぞろ歩きする事がある。とはいえ、いつものそれとは違い、慶次はまるで行き場の無くなった野良犬のようにウロウロしていた。
「何やってんだ、アイツ…」
慶次らしくない動きを不審に思った俺は宿を出た。外に出ると先程までこの辺りにいたはずの慶次の姿は消えている。焦って周囲を見回せば、やけに目立つその姿が通りを西に歩いていた。
その先には昼間に花見をしていた丘があるが、一体どうしたというのか。夜桜見物ならば慶次は絶対に酒を持っていくはずだし、何よりその足取りは丘を目指しているようには見えない。
右へ左へを繰り返すその足取りは酔っ払いのようだが、酔っ払いにしては背筋が伸びている。一体慶次に何があったのだろうか。まさか夢遊病にでもなってしまったか。
慶次が飄々としているのは、物事を真正面から受け止められないからだ。あの大きな図体とは違い、とても繊細な心を持っている。いや、持っているからこそあんなふうにすべてに対し賛美を述べられるのかもしれないが。
その繊細な部分が諸国を放浪しているうちにとうとう壊れてしまったのか。と内心冷や冷やしながらも、気付かれないようにと尾行を続けた。
「とうとう、丘まで来ちまったな。」
小声でそう呟きながら慶次の背を見つめる。慶次はやはり先程と変わらずに左右にウロウロとしている。いい加減心配になってきて俺は声をかける事にした。
「どうしたんだ慶次。探したぞ。」
いかにも今さっき見つけました、というように声をかければ慶次はビクリと肩を跳ねさせてから、恐る恐るこちらを見た。

