桜と簪
桜の舞う時期になると、あの騒がしい奴はヒョイと顔を出してくる。
まるで風のように留まる事を知らず、心地よい温度を残して消えていくのは、飄々としたそいつの性格を現していて。
毎年恒例となっている花見という名の酒盛りは、俺と慶次の毎年恒例の催し物である。いつもの桜の木がわんさか生えた丘に二人陣取って、互いに酒を酌み交わす。
「いやいや、やっぱり桜といえばこの場所だねぇ。この場所の桜が一番綺麗だ。」
大きな杯になみなみと注がれた酒を、グイグイと昼日中から呷るその男の後頭部を軽く小突けば、驚いたように目を丸くしてからこちらを見てきた。
それは肩に乗っている夢吉も同じだ。飼い主と同じように目を丸くしている。
「どうせその言葉、全国で言ってんだろうが。」
こいつはいつも何にでも感動する。毎日見る花も毎日のように愛で、月が出れば風流と、雲が出ればそれも又一興と。この男にとって世界はとても美しく、すべてのものが賞賛に値するんだろう。
だからこそ、何を見てもこの男は同じ言葉を繰り返す。
「だって桜は何処の物も一番綺麗なんだ。それぞれに色が違って、枝振りが違って、咲き方も散り方も違う。」
「そう思うと、すべての桜が一番綺麗なんだ。…だろ?聞き飽きた。」
先に毎年のように聞く台詞を口にしてやれば、慶次は苦笑を浮かべた後豪快に頭を掻く。そのせいで高く括られた後ろ髪が乱れてしまうのを見て、俺は大きく溜息をついた。
「ったく、あっち向け。髪直してやる。」
俺が言うと慶次は俺に背中を向けて座り直す。夢吉が小さく鳴き声をあげながら、慶次の髪をいじろうとする手にじゃれてくるので、捕まえて膝の上に乗っけてやる。
前に一度そのままで髪を直そうとしたら、夢吉がはしゃいで慶次の髪に絡み付いてしまった事がある。長い割りには毛先まで芯のしっかりしている慶次の髪は、一度絡みつくとまるでどこかの怪談に出てくる女の因縁と同じくらいに離れない。
かといって切ってしまうのも惜しく、俺は必死になって夢吉を髪の毛から救出した記憶があるのだ。
「また簪を増やしたのか。」
「まぁね。ほら、前にがくれた奴も使ってんだ。ほらほら、この辺りにあるだろ。」
簪があるであろう場所を指差す慶次。声はとても弾み、俺が喜ぶのを待っているようだ。
まぁ確かに、俺がやった簪を使ってくれてるのは嬉しいけど。
「無駄口叩くな。削除するぞ、コラ。」
どこぞの浅井さんみたいな事を言って髪を強く引っ張ると、慶次は痛い痛いと声をあげる。そんなの知った事ではないというように簪を取っていくと、髪に挿していた簪は合計四本。
その中で一番小ぶりな簪は、俺のあげた簪だった。
そりゃそうだ、俺の小遣いで買えるもんと言ったらこれくらいのもの。地主さんのうちに住み込みで働かせてもらっている俺にしちゃ随分と贅沢をして買ったんだ。
「さて、いつもとは違う場所で結おうか。編みこむのも綺麗だぞ。」
内心のざわめきは綺麗に心の中に入れてしまって。楽しそうに声をかければ慶次は俺と同じ、もしくはそれ以上に楽しそうな声をあげる。
「の腕は知ってるからな。好きにやってくれ。」
のんびりと答えるそれは、戦に身を置く者だとは思えない。慶次は各地を転々としているが、命を駆けた戦場に出ているはずだというのに、こんな風に無防備に背中を預けていいんだろうか。
「おう、ザビー教みたいな『くぅる』な奴にしてやる。」
「げ!それは勘弁!!」
ザビー教の河童のような髪型も、『くぅる』っていう単語も、削除の浅井さんの事も、全部慶次が俺に教えてくれた事だ。住み込みの俺は旅なんてできないから、そんな俺に楽しんでもらえるようにと慶次は色々と話をしてくれる。
話をしてくれるのはとても嬉しい。広い広い世界がとても面白そうで、楽しそうで。それを語る慶次の表情からも、その楽しみが伝わってくるから。
でも、話があればあるだけ、俺と慶次は離れていたという事。
慶次はそれに気付いているのだろうか。
「大丈夫、ちゃんと格好良くしてやるよ。」
後ろ髪を束にして、右後頭部でしっかりと編んでいく。いつもと結う位置を変えると後ろからでも雰囲気が変わるのがわかった。
そのまま握りこぶしくらいの長さまで編み、髪紐で結んでやる。そして簪を全体的な配置を考えてさしていけば、傾奇者らしい奇抜な髪型だ。それが恐ろしいほど似合うこの男はやはり、天性の傾奇っぷりに満ちている。
「この黒の簪、貰いもんか?」
多分、漆塗りだ。地主さんの娘さんがこれを一本もっていたが、とても高い為、随分と使い古されていた中古品を買ったというのに。そんな貴重なものをこの男は惜しげもなく使っている。
「あぁ、それは奥州の独眼竜から貰ったんだ。」
なるほど。伊達男は美的感覚もとても秀でている。漆塗りの簪の質素ながらもどこか奥深い魅力は中々のものだ。そう思いながら、まずは一つをさす。
