そんな俺の心配をかき消すように、政宗が突然、耐え切れないと言うように声をあげて笑い出した。いかにも可笑しいと言った風情だが、予想と正反対の方向へ行った反応に、俺は暫し呆然とする。
「Ha-Ha!そうだな、忘れてたぜ。領地の民を幸せにする為には、まず自分が幸せを感じられる『人間』でいなきゃならねぇ。…何より、すべてを押し殺して生きるなんざ粋じゃあねぇしな。」
 何かが吹っ切れたような明るい声。カラカラと響くその声に俺は安堵の息をついた。怒っていないとわかったのもあるが、一番は、これでもうあの表情を見なくて済むのだという安堵だった。
 その代償として、政宗が今まで以上に衝動的に一人で突っ走る事が増えるかもしれないけど…まぁ、それは小十郎が何とかしてくれるだろう。
「なぁ、断ち切れたのか?その息子は。」
 俺が問い掛けると、政宗を包んでいた黒いものがふっと消えたようなそんな気がした。そして、身を捩ると俺の腕の中から抜け出して、俺へと向き直った。
 その顔は随分と晴れ晴れしている。
「断ち切れたんじゃねぇのか?漸く片が付いたって、スッキリしてると思うぜ。」
 カラカラと笑うその表情に俺はホッと息を吐いた。きっともうあの空っぽの表情を政宗が浮かべる事は無いだろう。
「じゃあ俺は自分の部屋に行くから。」
 そう言って部屋を出ようとする俺の手を政宗はガシリと掴んだ。一体どうしたのかと振り返ると、酷く爽やかな笑みを浮かべている。しかしそれなのにも関わらずその表情の下に一瞬不気味な何かが見えた気がしたのは何故だろう。
「まぁ待てよ。聞きたい事がある。」
 すっかりいつもの調子を取り戻した政宗の悪戯な笑み。その視線が俺の足元に行っているのに気付くと俺は一気に顔を青ざめさせた。
 この目、間違いなく俺の体つきを調べ洋とした時と同じ目だ。
「お前、馬に乗れねぇからって、いつきの所へ自力で行ってたよな?ずっと走りっぱなしの癖にSpeedが落ちなかったと黒脛組からの報告があったし、今も疲れた様子無ぇし。ここはやっぱりその足、」
「あー!!」
 調べさせてもらうと続くのを無理矢理声をあげてかき消す。政宗は突然叫びだした俺に不審そうな目を向けてくるが剃れどころでは無い。今度こそ全部引ん剥かれてしまう、それこそ自尊心も何もかもなくなってしまう。
「ヤバイ、俺、今、超疲れてきた!初陣で緊張してたせいでわからなかった疲れが今、一気にきた!っという訳で俺、部屋に帰るから!」
 不穏な言葉をこれ以上紡がせてなるものかと一息で矢継ぎ早にそう言うと、未だに怪訝そうな瞳で俺を見ている政宗と目が合った。絶対に怪しまれているだろうけど、知った事では無い。こちらには人としての尊厳がかかっているのだ。
 政宗は暫く悩んでいたようだったが、すぐに腕を放した。その顔は渋々と言った様子だったが、命令として休めと言ったのもあって、俺を弾きとめるのを断念したらしい。
「何だか胡散臭いが、確かに初陣を終えて疲れてんのは事実だろうしな。…とっとと休めよ。」
 ヒラヒラと犬を追いやるかのような手が、政宗の興味がどうやら逸れてくれたのだという事を教えてくれた。心の其処から安堵する俺の耳に、どこか優しい音を含んだ政宗の声が響いた。
「Good night,。」
「Good night。」
 互いにそういって言葉を交し合って部屋を出る。そんな俺の背中に、次こそは…という政宗の小さな呟きが聞こえて、俺はえも言えぬ恐怖から、脱兎の如くその場から逃げ出した。