肩を震わせていたが、耐え切れないと言うように小さく声を立てながら自嘲気味に笑った。
「豪族からすりゃ、男が行った事は略奪だ。己の身を、領地を、血族を守る為、男を人質とするのは自然な事だったんだと思うぜ。その後、豪族はその男の家に対し何かと競い合うようになった。領地と収穫高に差が有るのにも拘らず必死に米や布など金になるものをかき集めて贅沢の限りを尽くしたが、今になって思えば、表面上だけでも男の家に従うようになった事へのささやかな反抗だったのかも知れないな。」
自嘲の笑いがピタリと止まる。背中に抱きつく俺にその時の表情の変化は読み取れなかったが、政宗を一気に黒いものが包み込むようなそんな雰囲気に目を見開いた。
「すべては因果、一つの事が連なって起きた事象だ。本来、その息子が豪族を仇と思うのもおかしい話しだろう。…でもな、出来る事ならこの手で、俺自らの手で。この因果も豪族も、すべてを断ち切りたかった。」
血を吐くように紡がれたそれは憎しみに満ち溢れていたが、それを聞いて俺はぴんと来た。
畠山氏の討伐に乗り出す小十郎へ放った政宗の言葉。あの時政宗は『任せた』ではなく『託した』と言っていたはずだ。些細な違和感だったせいもあってあまり気にも留めていなかったけど、政宗はあの時、本当は自分が行きたかったのだろう。それを無理に堪えた理由は、農民達と話すという務めが残っていたからだろうが、だとしてもこれほどの感情を割り切るには相当の葛藤があったに違いない。
それでも政宗は奥州筆頭として成すべき事を成す為に、その思いを腹心に、小十郎に託したんだ。
小十郎とその輝宗って人の関係はよくわからない。もしかしたら小十郎自身にその輝宗と言う人に対する気持ちがあったのかも知れないけれど、自分が行くと言った理由には、きっと政宗の意思を自分なら叶えられるとそう思ったからかもしれない。
「そんな事、望んじゃいけねぇのにな。」
小さく呟かれた政宗の声。それに俺は眉間に皺を寄せる。
「なぁ。それって悪い事なのか?…そいつを、恨む事が。」
俺の質問に政宗は下らないと言うように小さく鼻で笑う。問い掛ける事すら馬鹿げていると言った具合だ。
「言ったろ?そもそもその因果を生んだのは男の判断だ。そして豪族をあの時に潰しておかなかった息子にも非が有る。恨んじゃいけねぇ。」
それが武士道というものなのだろうか。それとも政宗が嫌っていた私怨と言う物なのだろうか。どちらも今一つピンと来ないが、人の上に立つ者としての判断なんだろうというのはわかった。
人の上に立って人を動かすものは、常に第三者的な立場に立ち、物事を捉える必要がある。例えば今の政宗みたいに己の非を見つめたり、それが自分の私情を挟む結果になるようであれば感情ごと切り捨てるという判断もしなければならない。それがリーダーという物だ。
少なくとも俺はそう思っている。だから政宗の判断は間違ってなんかない。むしろ素晴らしい判断だと言ってもいいだろう。けれど。
そうしたら、政宗の気持ちは一体何処に行くんだ?
理論的には、先にけしかけた男が悪いんだっていう風になるのかもしれない。でもだからと言ってそれがイコールで憎んじゃいけないに繋がるのだろうか、俺には理解しがたかった。
そりゃ火種をつけたのは男だろう。そいつが戦いを起こしたという事はつまり人が沢山死んだという事なんだろう。それでも、息子が父親をなくしたという事実は変わらない。
もしも今まで男が起こした戦で誰一人として家族が亡くなったのを、悲しむ事が、恨む事が許されなかったのなら、同じように男の息子も悲しんじゃいけないだろうけど。もし、そうでないなら。
そうでないなら、嘆く事も恨む事も、許されるんじゃないだろうか。
「憎む事くらい、許してやれよ。その感情の制御が出来なくなって、家や領地をグチャグチャにするなら話しは別だけどさ。その息子がもしも、憎む事を抑えながらも必死に采配を振るえるなら、思う事くらい許してやれよ。」
俺の言葉に、政宗は思慮不足だなと小さく呟いた。それがギシリと俺の心臓に爪を立てる。
俺はこんな毎日のように命を削るのが当たり前の世界で生きてきた訳じゃ無い。毎日毎日平凡で単調な日常の中、ゲーム染みた暗殺業にスリルを求めた、ただの高校生に過ぎなくて。
だから俺の考えはとても甘いものなんだろう。それを痛いくらい目の前に見せ付けられて俺は息を飲んだ。
「心は人の根本を司る。心が揺れれば必然的にそいつの采配も狂いだす。…それじゃ意味が無い。」
そして小さな溜息。そんなに簡単な事じゃ無いんだと、政宗は言葉の外で俺にそう伝えてきた。
でも、ずっとずっとすべてを押し殺していたら、いつか政宗は政宗じゃなくてただの領主という存在になってしまう。いつもの活き活きした表情も何もかも、全部を捨て去る時が来てしまう。
まるで、さっきの空っぽの表情の時みたいに。
それを想像して俺は怖くなる。浅はかだと笑われる痛みは先ほどから深く心臓を貫いたまま、じくじくと痛みを放ち続けている。けれどその恐怖を消し去るには、浅はかで甘い理論を展開するしかない。
もうあんな表情は見たくない。そんな感情だけが俺を突き動かした。
「その時の為の部下じゃ無いのか?主の心が悪い方向に傾いた時に、無礼に値するってわかってても口を挟んで正しい道を示してくれるような忠臣が、そいつにはいないのかよ。」
言いながら、俺の頭の中には小十郎の姿が浮かんでいた。もしもあの時、政宗が感情のままに畠山氏の討伐に自ら行くと言っていたら、小十郎は無礼を承知で政宗に進言したに違いない。
政宗も同じような事を考えていたのだろう、俺の言葉に言い返す事無く、黙ったままだ。
「全部を割り切る必要なんて無いだろ?憎い時は憎い、嬉しい時は嬉しい。それじゃ駄目なのかよ。」
感情に流されて我を忘れるのは領主として絶対にあってはいけない事だろうけど、イコールで、領主が感情を持ってはいけないとなるなんて事は無いんじゃないか。俺はそう思う。
俺の楽観的な言葉は政宗にどう伝わったんだろうか。またさっきみたいに溜息で吹き飛ばされるのだろうか、それとも俺みたいな奴に何がわかるのかと言われるのか。
ドキドキしながら返答を待つ俺の体に、小さな振動。政宗の体が小刻みに震えていた。
泣かせたか?いやむしろ怒らせたか!?ドキドキの種類が一気に嫌な物へと変化していく。今ならきっとドキドキよりもハラハラの方が相応しいんだろう。

