「泣くんなら、ちゃんと感情入れて泣けよ。あんな顔すんな。」
まるで今すぐにでもこの場所から消えてしまいそうだと思わせるような、希薄な存在感。政宗と言う人格とか、そういう物がすべて抜け落ちてしまったんじゃないかとすら思う、空っぽな表情。
「ば…か、やろう」
罵りの言葉を発しながらも政宗は抵抗しない。そのうち、鼻を啜るような音が僅かに聞こえ、俺の抱きしめている胴がしゃくりあげる度に小さく痙攣する。
その中に混じるのは悲しみ…にしては少し違う気がする。顔も何も見えない状態で目に映るのは政宗の背中のみだから、何もわからない。
不思議と俺よりも上背のあるはずのその背中が小さく見える。
今、俺の腕の中にいるのは奥州筆頭を謳う男ではないんだろう。何かに対して涙する、ただの青年が一人いるだけだ。
城主としてのプライドも何もかもかなぐり捨て、そいつは声を押し殺したまま泣き続けた。抱きしめる俺の手の甲にも涙の雫が時折落ちてくる。それが皮膚を伝って掌までも静かに濡らし始めた頃、今まで泣いていた男が僅かに身じろいだ。
片腕を持ち上げて顔の辺りをごしごしと擦っているのを見て、泣き止んだのだろう事がわかる。それを理解して、もう抱きしめていなくても大丈夫だろうと腕を解いたが、政宗はそんな俺の腕を掴んで再び背へと抱きつかせた。
「この扇の持ち主の話をしてやる。」
突然に放たれた声は、今まで泣いていたなんて微塵も感じさせないくらい強く発せられた。しかし拭いきれない感情のせいか、語尾に僅かな震えが入っている。俺は政宗が感情のままに泣いていたのだと知ってホッとした。
「その男は強い人だった。畏怖すべき対象であったが、民に好かれ、家臣に好かれる優しい人だった。そして、誰よりもこの土地を愛していた。」
ゆっくりと、記憶をさかのぼるように紡がれる言葉。政宗はまるでその人の存在を確かめるように言葉を選びとって話しを続けた。
「男が治める土地は冬になると雪深くなる地方だった。故に作物があまり取れない。食いつなぐには事足りるが、蓄えという物ができない有様だった。男は、農地を一箇所に集めりゃもう少し効率が良くなって、生産率も上がるんじゃないかと思いついた。その為にはこの辺りの土地すべてを一つに纏めなきゃならないと、男は出兵を決意した。…勿論、自分の領地を広げようという欲も有ったに違いないがな。」
扇に伊達家の家紋を使っている時点で、その男…輝宗って人が伊達家の人なんだというのは何となくわかっていたけれど、政宗の語り口だと、その人が奥州を治めていたように聞こえる。
だとしたら、まさか。
妙な予感、といってもそれは予感と言うよりも確信に近い。それを抱きながら俺は正宗の言葉に耳を傾けた。
「騎馬隊を使っての急襲が男の基本戦術だった。元々の戦いのsenseもあって、男は瞬く間にこの辺り一体を手中に収めていったんだが…領地を取られる側にしちゃ、溜まったもんじゃなかったんだろう。吸収されないで残った奴らが同盟を組んでその男に戦いを挑んだが、男は負けなかった。一つ、一つ、同盟を組んだ奴らを狩りとって、ついにその中でも一番力を持っている豪族を追い詰めた。」
パチン、と扇を閉じる音。そして政宗は扇を自分の懐へと入れる。それがわかったのは、抱きしめる俺の腕に扇が僅かに当たったからだ。
「豪族は話し合いをしようと申し出た。男は戸惑ったが、その豪族の持つ領地は北一帯に渡る。下手に戦ってその広大な土地を焼け野原にしては本末転倒だと、その申し出を受け入れ、そして、男はその豪族に捕まった。和議が嘘で最初からそのつもりだったのか、途中で話が別れてそうなっちまったのかは、その時いた奴じゃなきゃわからねぇが。とにかく、男は領主でありながら人質の身になっちまった。」
領主が人質になる、なんて滅多に無い事だろう。敵の懐の中へ入ってしまっているのだ、すぐさま首を刎ねられてもおかしくない状況だったに違いない。それなのにそうしなかった理由は、多分、残った家臣達の報復を恐れたからだろう。
殺されはしない。でも、それだけだ。男を取り巻く環境は何一つ変わらない。もし少しでも状況が変わってしまえば即座に命はなくなるのだろう。
俺は固唾を飲んだ。
「領主を助けようと、家臣やらが兵を率いてきた。その軍でいつも男がいる場所、本陣には男の息子が位置していた。それを見て男は…何て思ったんだろうな、今でもよくわからないが…男は、自分を人質にしている豪族の頭の男ごと自分を切れと、そう言った。」
政宗の体が小さく震えた。当人は気付いていないのか、冷静に言葉を続ける。
「息子は、父親の願いどおり、刀を…」
もうわかったから!そう言って止めてしまおうか。俺の中をそんな思いが支配する。
男だの息子だの豪族だのと、すべて名前は伏せられているけれど、これは間違いなく政宗と、畠山氏と、政宗の父親の話しだ。
「刀を、」
細かく震えだす体。まるで思い出すのを拒絶するかのようなそれに、俺は我慢しきれずにもう良いと声をかけようとした。
それよりも早く静寂を破ったのは政宗の声。
「刀を、向けた。そして一思いに父ごと豪族を切り捨てた…ッ!」
苦しそうにしながらも吐き出された声。この時代ならあっても不思議じゃ無い事なのかもしれないけど、それを語る政宗はとても辛そうだった。
「男の息子はその豪族を制圧するも吸収はしなかった。男が命をかけて行った和議を潰したくなかったからだ。反乱軍との連戦で兵が困憊していたのも相まって、男の息子はその豪族と和議を結んだ。」

