戦利品を置いてある部屋は普段倉庫として使っているからか、所々に点在している。勿論、普段使うときに手間にならないように、物凄く離れているって訳ではない。
俺が戦利品の入った部屋、一番最初の部屋の前で足を止めると、政宗は俺の背中に声をかけた。
「何だ、渡したいモンってのは戦利品か。あんだけ贅の限りを尽くしたんだ、さぞ美しい物ばかりなんだろうな。」
吐き捨てるように言われたそれは、畠山氏に対しての政宗の気持ちを素直に表したものなのだろう。
「戦利品、って言うよりはもうちょっと違うんだけどな。」
俺は政宗の言葉に答えながら部屋に入ると、目当ての物を探すように視線を彷徨わせる。
成実と俺が去った後に誰かが片付けてくれたのか、見易さ重視で床一面に置かれていた品々が大きい順に部屋の奥から埋められている。
手前から二番目に置かれた棚、その上に扇は置かれていた。
「あった、これだ。」
それを手にして政宗に渡そう、そう思った時にふと、先ほどの成実の様子を思い出した。触れようとしても触れられないというような動き。それが一体何を意味しているのか良く俺にはわからなかったけれど、きっと意味があるに違いない。
だから俺はあえてそれに触れる事無く、政宗を手招きするだけに留めた。
「んだよ、横着しないで持って来いって。」
不満そうに言いながらもちゃんと呼んだら来てくれる辺り、政宗も素直じゃ無い。俺は一歩引いて棚を視線で示す。それに気付いた政宗が一体何かと言うように、少し面倒そうに首をめぐらせてから棚へ近付いて数歩足を進め、動きを止めた。
信じられないというように目を見開いて、扇を凝視している。あまりにずっと見つめているものだから、瞬きも碌にしていない。だがそんな事は全く気にも留めていないのか、政宗の視線はそれに釘付けになったままだ。
「…これ、は。」
擦れた声で政宗が小さく呟く。俺に対して言われたというよりは自分自身に言っているようなそれが合図だったのか、政宗は早足で棚までの距離を詰めると恐る恐る扇へと手を伸ばした。
その指先が細かく震えている。そして扇の要の部分に触れ、ゆっくりとそれを握り、固唾を呑む。まるで何かを確かめるように殊更スローに進められる動きで、それを自分の顔の前に翳した。
どれくらいの間無言だったんだろうか。まるで静止画みたいに動きを止めた政宗を俺はずっと見据えていた。表情は驚きのまま固まっているが、その瞳は色々と複雑な色を描いている。真正面から見ている訳では無いので詳しくはわからないが、苛立ち、嘆き、憤り、憂い、懐かしみ、クルクルとそれらが万華鏡のように映っては消えていく。
「確かに、」
政宗の口が動いた。
「確かに、受け取った。」
口が動くと同時、先ほどまで様々な色を写していた目に新たな光が加わる。その正体を知って俺は目を見開いた。
光は目を支配するとそれだけでは飽き足らず、と言ったように政宗の目から滑り落ち、頬を伝い、床へと落ちた。板間に落ちた一つの雫の音は、この無音の空間を破壊するには十分な威力を持っていた。
「…Go out.」
出て行け、と言い放つ政宗の表情は先ほどと何一つ変わらない。驚いたまま、そのままの状態ですべての感情を抑止している。
出て行くべきなんだろう。それくらいはわかっていたし、不躾な事はしたくなんてなかった。
でもそうしなかったのは何故なのか。自分でもよくわからない。
「悪ぃ、無理だ。」
何で泣いてるんだよと問いかけようとする自分の唇を必死に噛み締めて拒否の言葉に変えると、俺は政宗へとズカズカと近付いた。それでも政宗は微動だにしないまま、ただ扇を見つめている。
瞳に映っていたはずの色もすべて抜け切り、表情も失って。それなのに涙だけを流す政宗をこのまま放って置く訳にはいかない。それが使命感なのかそれとも他の何かなのか、わからないけれど別にわからなくてもいいと思った。今の俺にはそこまで考える余裕なんてこれっぽっちも残ってない。
あるのはただ、どうしたらこの涙を止められるのか、という事だけだ。
「Please go out…!」
近くに感じる俺の気配に耐えられないというように政宗が首を横に振る。その拍子に新しくまた数粒の涙が零れていった。
「頼む、…こんな姿、部下に見られたくねぇ…ッ!」
城主としてのプライドが、ジリリと瞳に火をつける。空っぽだった政宗の顔に感情が灯るのを見て俺は安堵した。
そんな政宗の後ろに回りこむと、俺は背中からゆっくりとその体を抱きしめた。どうしてそうしたのかは良くわからないけど、とりあえず落ち着かせようと思ったのは覚えている。
俺が抱きしめると、政宗はヒュッと音を立てて息を飲んだ。途端に強張る体に気付いて、背中に額をゴツンとあてる。
「大丈夫、見えてねぇし。」
自分でも屁理屈だと思った。でも部屋から出たくなんてないし、かといって政宗を視界から外してしまったらまるでそのまま消えてしまうんじゃないかとか、そんな非現実的な空想がやけにリアルに俺に迫ってきて。どうしたらいいと思った結果がこれだ。
きっと政宗一人にしたら、またさっきみたいに空っぽの顔をしてしまう。
感情を押し殺した顔なら今まで沢山見てきた。佐助みたいに笑いで隠す奴もいれば無表情で隠す奴、常に怒ったふりですべてに対して斜に構える奴もいた。とはいえ、それはすべて根本に感情がある。
でもさっきの政宗は違った。押し殺している訳でもなく、開放している訳でもない。一番根本にあるはずの感情そのものが、存在しなかったのだ。

