「願いましては!」
高らかに宣言するように成実が声を出す。途端、黒脛組が帳面をパラパラとめくり出した。そしてそれに呼応するように成実がそろばんをはじく。
その音が半端無い。
普通ならパチパチという音が出るはずなのに、そろばんから出る音はもっと違う、例えて言うならオーケストラの演奏が終わった時の拍手のような音。
そろばんがそんな風に鳴るのを俺は初めて聞いた。これは最早パフォーマンスの域だろう。
「よし、終了。」
帳面をすべてめくり終えると、黒脛組はそれと交換するように新しい帳面を成実に渡して天井へと消えた。超人的なのは戦いだけじゃ無いんだというのを目の前で見せつけられた俺は、半ば呆然とその姿を見送った。
「…成実、お前、凄いんだな。」
ただの動物好きなサドだと思ってたよ、と内心で付け足すが、勿論成実は気付かない。褒められたのが嬉しいのか満面の笑みを浮かべてから、照れたように体をユラユラと動かす。まるで子供だ。
「でも俺はまだまだだよ?そろばんは鬼庭さんが一番だしねー。」
これ以上、上があるのか?問い掛けたかったけれど鬼庭さんなら出来るんだろうな、きっと。それをさも当たり前のように言われて、一般人の俺としては感心の溜息しか出てこない。
そのまま何となく戦利品に目をやっていると、あれ?と思うものがあった。綺麗な扇。金箔が貼ってあって、濃い群青で何か模様が描かれているのだけれど。
「…これ、伊達家の家紋じゃね?」
ゲームタイトルにも使われているそれは、紛う事なき伊達家のそれだ。でもどうしてそれが畠山氏の所持していた物の中にあるんだ?
疑問に思ってどうしてなのかというように成実に向かって首を傾げると、成実は少しだけ辛そうに眉を顰めた。
「これはね、畠山氏のじゃなくてウチのなんだよ。」
成実がその扇へと手を伸ばす。そしてそれに触れるか否かという所まで近付くと同時に手を引っ込めてしまった。伊達家のものだと言った筈なのに、まるで触っちゃいけないものだというようなその反応。俺の疑問は更に深くなる。
「これは輝宗様の愛用されてた扇なんだ。模様や箔の配置まで全部自分で考えたものでさ、毎日のように持ち歩いてらした。」
自然に使われる敬語。政宗相手でも滅多に使われないそれを成実が使うなんて、その輝宗様と言うのは一体何者なんだろうか。
「これは売らないよ?元々伊達家の物だし、後で梵に渡しておく。」
言いながらも成実は一向に扇に触れようとしない。ただ、悲しそうな笑みを浮かべてそれを見つめているだけだ。
「…何か、あったのか?」
畠山氏と、伊達家の間に。
俺の言葉に成実は、んーと小さく唸ってからヘラりと笑う。言う気は無いのだと、そう無言のうちに帰されて俺は僅かに肩を落とした。
政宗も成実も、皆してさっきからそればっかりだ。いかにも何かありますよって雰囲気を出してるくせに、何でも無いなんて言いやがって。
「何でも無いなら、その暗い面何とかしろよ。」
まだどこか影を背負った成実にイラッときて額へと思い切りデコピンしてやる。政宗もかなり痛がったデコピンの威力は強いらしく、成実は声にならない悲鳴を上げると被害にあった額を押さえてその場に蹲った。
「酷いよー…それ、冗談抜きで痛いって。」
地の底を這うような声で成実が訴えてくるが、座って俯いた状態だからどういう表情なのか読み取れない。それでも声色からして泣きそうになっているのだろう事はわかった。
そんな成実に俺はニィっと笑う。
「じゃあ、笑ってろよ。あんな顔されちゃ、聞きたくなっちまうだろ。」
何があったんだよって、問い詰めたくなってしまう。
あれだけ辛そうにしてんだ、思い出したくないことなんだってわかってる。でも、それでも。この疎外感には絶えられそうも無い。
皆が知っているのに俺が知らない。当たり前なんだけどその当たり前がとても苦しい。
「聞きたいなぁって、思わない?」
成実がおずおずと顔を上げる。額にはデコピンの跡がくっきりと残っていて、目じりには涙も滲んでいた。
「思ってるからこうやって忠告してんだよ。力ずくで吐かせる事なんて、軽いんだぜ?」
その気になればきっと出来る。戦力から外れないように、出来るだけダメージを与える事無く、喋らせる術。例えば指の関節を一個ずつ外していったりとか。
拷問の手段は職業上の理由で大分知ってるんだ。
「…だから、させんなよ。俺だって人の傷口を抉るような野暮な事したくない。」
俺の言葉に成実は口の端を小さく吊り上げてから笑顔を浮かべた。今回のはちゃんとした、心からの笑顔だ。
「気ぃ使わせちゃったなー。…ありがとね。」
「別に。俺がヤなだけだし。」
気なんて使ってなんか無い。ただ、不躾に動き回ったりしたくないだけだ。
でも成実にはそのぶっきら棒な返事すら照れ隠しに見えたらしく。
「じゃあ、次の部屋に行こっか。まだまだ沢山有るんだぜ?」
四部屋と言っていたから残りはあと三部屋だろう。沢山なのに違いは無いだろうが、あの調子ならすぐに終わるに違いない。
特にやる事も無い俺は、一足先に部屋を出た成実を追いかけた。

