「私怨が無いと言えば偽りとなりましょう。」
たっぷりの間の後、小十郎ははっきりとそう言い切った。それに政宗の眉が更にしかめられるが、小十郎は怯む事無く言葉を続ける。
「その私怨を断ち切る為にも、この討伐は、私めが。」
政宗は戸惑っているようだった。しなやかな眉の合間には数本の皺が寄り、自分の忠臣のらしくない言葉に苛立ちを抱いているようにも見える。
しかし戸惑いの方が苛立ちを上回っていた。何を戸惑っているのかすら俺には理解できないが、その表情はまるで…。
そう、まるで、理性と感情との間に立たされたまま、欲しい玩具を必死に我慢している子供のようだ。
「わかった。小十郎、お前に任せる。」
「えぇー!?俺の出番なし!?」
この場の雰囲気をぶち壊すような成実の能天気な声。しかし今回ばかりはそれに救われた。この息の詰まるような…シリアスとは又違った、どこか辛いような感情すら抱かせる二人のやり取りを、正直ずっと見ていたくなんてなかったし。
この場の空気も、成実の一言で随分と和らいだような、そんな気がする。
「託したぞ、小十郎。」
「はっ!」
ん?と違和感を感じた。とは言ってもその違和感はあまりに小さすぎて、正直何が変だったのか理解できない。
そんな俺を他所に、小十郎は颯爽と自分の馬に跨って一度政宗を見やる。政宗は小十郎を見つめ返して一度頷いてみせる。
とても短いアイコンタクトではあったが、それは確かに、他の奴にはわからない二人だけの会話だった。
それが終わるとほぼ同時、小十郎が馬を走らせた。
「小十郎様に続けぇ!」
「おぉーっ!」
「特攻上等!」
「行ってきやすぜ、筆頭!」
など、様々な掛け声と共に、その後を我先にというように小十郎の指揮下にある伊達軍の面々がついていく。それを見送ってから、政宗は忍びに視線をやった。
「一揆を起こしたGirlに会わせてくれ。」
いつきに会いに行ってどうするつもりなのか、何となく予想がついた。政宗は一揆の鎮圧をすべく話し合いに行くんだろう。それをわかっているのか今度は成実が顔をしかめた。
「なぁ政宗、俺が行こうか?」
直接話すには色々とあるだろ、と続ける成実。確かに、政宗は今回の一揆に対して酷く心を砕いている。
この一揆がすべて自分のシナリオ通りだと言った時に見せたあの表情。本来、施政をする者なら切り捨てるべきものに政宗は一つ一つ目を向ける。それが結果として政宗を誰からも愛される奥州筆頭にしているのだろうけれど、それと同時に政宗自身を深く傷つけているのは明らかだった。
成実としてはこれ以上傷ついて欲しくなんか無いんだろう。政宗が民のすべてを背負って、立ち上がろうとするその姿が痛々しくて見てられないんだ。
でも、政宗はそれを良しとしない。それで任せられるくらいなら、最初からすべて投げ出しているはずだ。
「これは俺の責任でもあるからな。」
力強く発せられたその声。言外に決意を滲ませたそれを聞いて、政宗を止めようと思える奴なんていないだろう。まぁ小十郎くらいの関係になれば話しは別だろうが。
「こちらにございます。」
忍びがスッと歩き出せば政宗はその後を着いていく。それを見て慌てて成実が後を着いていこうとして、何をすべきかとぼうっと突っ立っている伊達軍に声をかけた。
「お前ら!一揆鎮圧軍に踏み荒らされた畦とか田んぼとか、できるだけ直しておいてくれよ!」
命令を下された伊達軍兵士達はやる事がなかったせいか体が幾分なまっているらしい。成実の言葉を聞いた途端に全員が目を輝かせた。
「了解ッス!!」
「体力だけなら自信がありまさぁ!」
いってらっしゃいませぇ!なんて、どっかの極道映画みたいな盛大なお見送りを背に受けながら、成実はちょっと離れてしまった政宗の背中を追う。俺はどうしようかと考えてから、その二人の後をついていくことにした。
正直、あの体育会系に近いノリにはついていけなそうだったし。
案内されたのは村の奥にある家だった。忍びが戸を開けると、そこにはいつきと、あと数人の村の人間と思わしき男が居た。全員、動く事ができないように手足を縛られた状態で寝かされているが、凍えないようにと囲炉裏には火が焚かれている。忍びがちゃんと換気とかをしていたのだろう、一酸化炭素中毒のような状態になっている人は一人もいなかった。
「Hey,Girl!」
政宗が声をかけると、いつきがビクリと反応して俺達を見つめた。そして目の前にいるのが侍だと気付いたのだろう、一気にその表情が険しいものへと変化していく。それはいつきだけでなく、一緒に居た男達も同じだった。
それを見た政宗は眉一つ動かさずに家の中に入っていく。土間の辺りまで足を進めるとピタリと止まり、それ以上踏み入れるような事はしなかった。
「畠山氏の圧制、この村を見れば一目でわかる。」
「…当たり前だべ。お侍が奪ったのは食いもんだけでねぇ、布も、薪も、生きるのに必要なのは全部持っていかれただ。」
ギリと小さな音を立てていつきが歯を食いしばる。それにすら、政宗は一向に反応を示さない。まるですべて感情を消してしまったかのようにただ淡々とその言葉を聞いていた。

