政宗は何の躊躇いも無くその男の前へと歩み寄る。そして真正面からそいつを見下すと、ギラリと金色に光る瞳で男を睨みつけた。
 その視線は自分に向けられたものではない。あの強い光を宿した瞳は今、罪人に向けられている。だと言うのにその顔を見るだけで、俺の背中にゾクリとしたものが通って行った。
 そんな瞳で真正面から睨みつけられた方は溜まったもんじゃ無いだろう。傍から見てるだけで鳥肌が立つって言うのに、それを眼前で見たんだ、絶対に勝てる訳が無い。
 案の定、男はすぐに口を割った。とはいっても、あまりのプレッシャーのせいなのか口は殆ど回らず、その言葉を理解するのに大分時間は要したけれど。
「畠山氏、で、ございます…」
 男は申し訳なさそうにそう口を開くと、それにすべての力を使い果たしてしまったかのようにがっくりと項垂れた。それが果たして、自分の主君をかばい立て出来ずに名前を言ってしまった後悔か、それとも白状して漸く解放されるという安堵か、俺にはよくわからなかったが正直どうでもいい。
 その苗字を聞いた途端、政宗の眉がピクリと動いた。上出来だと言わんばかりに口の端がクィっと上がる反面、その目には痛みを感じた時のような憂いが僅かに滲んでいるのが見て取れた。
 畠山氏という豪族と一体何があったのか、俺にはよくわからない。しかし政宗がこんな風に辛そうな顔を、まして敵の捕虜が居る前でするなんて。
 それくらいの何かがきっとあったんだろう。
「伊達家に伺いを立てる事無く軍を動かした罪は重い。それに、そもそも一揆が起きた理由も、伊達家が統一で定めたはずの年貢よりもはるかに多い年貢を取り立てたからだと聞く。」
 政宗は機械的に言葉を並べ出した。どこか、感情を捨てようとしているようなそんな声色。伊達軍の奴らは顔や声色まで理解しているのかどうか分からないが、雰囲気で何かを察しているのだろう。いつものノリとは違った寡黙な表情のまま政宗の采配を待っている。
 その豪族、畠山氏と政宗…いや、伊達家との間に一体どんな事があったのだろう。
 軍の全員が理解しているのだから、きっとそれくらい大きな事があったに違いない。少なくとも、あの仏頂面の小十郎がどこか心配そうな面をするくらいに、大きな事が。
 何もわからない俺だけが疎外感を感じる。一体何があったんだ、一体どうしてそんな顔をするんだ。問い掛けるには、あまりに状況が悪い。しかし今聞かなければ、もう二度と聞く機会がなくなってしまいそうだ。
 どちらにする、どちらにすると考えている間に、政宗の采配は揮われた。
「Guilty or not?…なんざ、聞かなくてもわかるか。畠山氏の所業は伊達家に対しての叛旗だ。」(Guilty or not?:有罪か否か)
 政宗はフィッと成実に視線をやった。それに気付いた成実は何かを言われる前に顔を輝かせて大きく頷いてみせる。無言のやり取りが行われてから、成実は一目散に自分の乗っていた馬へと走り寄って颯爽と飛び乗った。
「成実、潰して来い。」
 その背中を押すように淡々と言葉を吐き出す政宗。感情の一切こもっていないその声色に、成実は任せておけというようにドンと自分の胸を叩いて見せた。
「わかってるって。任せろよ。」
 成実の直属の部下も、意気揚々と言うように各自が自分の馬に乗って出立を待ちわびる。数は昨日の一揆討伐軍よりも若干多い程度のレベルだ。畠山氏の戦力がいくらか俺には理解できないが、遠征に使う軍の数より遥かに多いのは流石にわかる。
 それなのにこの数。しかし政宗は全く心配などしていないと言わんばかりに成実に一瞥をくれるだけだ。
「政宗様。」
 そんな政宗に声をかけたのは、いつもよりも数倍か難しい顔をしている小十郎だった。険しい顔つきの中に僅かに見え隠れする表情はどこか暗い。
 それに気付いたのだろう、政宗はそれを振り払うようにHa,とわざとらしく声をあげてから小十郎に笑いかけた。
「どうした?」
「…畠山氏の討伐、この小十郎めにお任せ頂きたい。」
 何か重大な事を言うように小十郎は数拍の間の後にそう口にした。その言葉を聞いていた成実の表情が一瞬だけ、同情のような何かに彩られる。
 政宗はと言うとそんな小十郎の言葉に眉を僅かにひそめて、そして小十郎を睨みつけた。
「お前がそんな事をするとは到底思えないが、確認だけさせてもらうぜ。…私怨云々を挟み込んじゃねぇよな?」
 私怨、という単語が咄嗟に頭の中で処理できなかった。紫煙、支援、シエン、何度目かの変換で、漸く前後関係の一致する単語に変換され、俺は誰にもわかられないように奥歯をギリリと噛み締めた。
 やっぱり、伊達家と畠山氏の間には何らかの過去が存在しているのだろう。だからこそ小十郎は、自分が畠山氏の討伐に行くと言い出したに違いない。
 一体何があったんだ。なんて、問い掛ける権利は俺には無い。
 聞きたい。けど、聞いてどうなる?今俺が口を挟んでも事態は何一つ変化しない。それどころか過去の因縁を思い出させて余計にこの場をグチャグチャにするのが関の山だ。
 それはとっても些細な事。俺が彼らについて知らないって事。でもそれが、どうしてかとても悲しい事のように思えてならない。