8.
 明朝、夜明けと共に伊達軍はいつきの村へと到着した。
 流石に夜が明けるまでずっと外で待機している訳にも行かず、俺と忍び、そして怪我を負った七人と大将首一人の計十人でいつきの村にある廃屋で一晩を明かした。
 念の為に、怪我人七人と大将首にはそれぞれ縄で両手両足を拘束し、自害できないように猿轡を噛ませておいてある。
「久しぶりー!って、あれ?」
 俺が出迎えに行くと一番最初に大声で叫んだのが成実だった。しかしどうかしたのか眉根を寄せて何やら考え込んでいる。乗っていた馬から下りると一目散に俺に駆け寄って、じっと俺を見据え、首筋に顔を埋めた。
「何すんだよ。」
 ガツン、と握りこぶしでその頭を叩いてやれば、痛そうに小さく呻いてから成実が顔を離す。そしてますますわからないと言ったように俺を見つめてきた。
 首に顔を埋めるなんててっきりからかっているのかと思ったが、どうやら本気で何かを意図した行動だったらしい。
…だよな?」
「は?」
 その問い掛けが予想外すぎて、俺は間の抜けた声をあげてから成実をまじまじと見やった。数年ぶりの再会だとか、それくらい離れてたんならそういう事を問われても仕方ないと思うけど。
 一体何を言っているんだと問い掛けるよりも先に、小十郎が馬から下りて俺の元に歩み寄ってきた。
「政宗様の命令通り、成したか?」
 ただでさえ跳ね上がったようにきりっとした眉を更に凛々しくしながら、小十郎が問い掛ける。竜の右目と呼ばれる政宗の腹心の姿がそこにはあった。
 俺は咄嗟に頭を下げて一礼すると、腹に力を込めた強めの声ではっきりと戦果を伝える。
「畠山氏の部隊なるものが村を襲いましたので、その部隊の大将を確保し、その戦いの際に負傷した敵軍の兵士七人を保護してあります。」
 畠山氏、という単語に小十郎の片眉がピクリと跳ね上がった。とはいえ、表情はいかめしい顔をしたままの状態で止まっているから、何を考えているかはよくわからない。
 しかし、その名前を出して反応すると言う事は、その畠山氏という奴らが伊達家に対して従属を示さない豪族なのだろう。
「わかった、ご苦労。」
 そう言って小十郎の隣に立ったのは政宗だった。小十郎はすぐにそれに気付いて一歩下がると、意思を汲み取ろうとするかのように政宗の顔をチラリと窺う。
「村の奴らはどうなった。」
「村の入口で隊を退けた為、被害はありません。ですが、先日畠山氏との戦いがあったらしく、その為に殆どの者が負傷しているとの事です。」
 俺がそう告げると政宗の瞳が一瞬だけ揺らいだ。その理由は、俺なりの予想でしかないけれど、死者はいるのだろうかという不安だろう。だから俺は大丈夫だと言うように一度小さく頷いてみせる。
 政宗は俺の動きに何かを悟ったのか、頷いて返してから俺の足元の影に声をかけた。
「隊を率いていた奴を連れて来い。」
 その言葉に俺の影がユラリと揺れて、一瞬だけ黒さを増す。すると俺の背後に何らかの気配がすると同時に、忍びが大将首の男を抱えて持ってきた。
 本当に荷物のように、例えるなら米俵を担ぐようなそんな感じで持たれた男は若干ぐったりとしている。自白剤でも飲ませたのかと疑ったが、どうやらただ単に気力が無いだけらしい。
 その場に座らせられても男は抵抗する事無く、話せるようにと猿轡を解いても尚、その目に生気が宿る事は無い。
 死期を察知した人間は、最終的に諦めに辿り着くと聞いた事があるけれど、それがまさに今の状況なのだろう。
「伊達家の領地を荒らす不届きモンってのはアンタか?」
 返答は、無い。小十郎がそんな無反応な男を殴りつけようかと言わんばかりに睨みつけるが、それすら、死を目前にした男にとって、生気を取り戻す刺激にはならないようだ。
 そんな反応の無さにやれやれと言ったように大きな溜息を一つついて、政宗の手が、すっと刀の柄へ移動する。それを見た途端に男の目に光が宿った。死期を察知して先程まで死んだ人間同然の反応しかしなかった奴が、一気に生気を取り戻す。
 死への恐怖を取り去るのはやはり、死の恐怖らしい。そんな、あまり役にも立たなそうな知識を目の前で見て俺は小さく息をついた。
「わ、我等はこの地で起きている一揆を食い止める為に出兵したものであり、決して伊達家の領地を荒そうとした訳ではございませぬ。」
 男の申し開きに成実が間の抜けた声であれぇ?とこれ見よがしに呟く。それにすら男はビクリと肩を震わせて脅えたように視線を周囲に向ける。
 その反応に満足そうに成実は笑みを浮かべると、チラリと視線を政宗にやってから悪戯っ子のように邪気に溢れた笑みのまま再び口を開いた。
「出兵するのに伊達家の許可も取らなかったなんて、おかしいよな。至急だったにせよ、草の者を使えばすぐに連絡も取れたはずだしさ?」
 詰め寄るようにではなく、まるで歌うように成実が問い掛けるけれど、成実が言わなくたってどうせ皆気付いているであろう事実に過ぎない。それでも口にするのはあえてそいつを追い詰める為だ。
 やっぱりこいつはサドだな、なんて頭が他所に行っている内に、話しはトントン拍子に進んでいく。
「家臣の不始末を上が責任取るのはruleってもんだ。おい、お前。主の名前は?」
 確かめるように、政宗が男に問い掛ける。俺が先程伝えたから、この男が畠山氏という所の武将である事はわかっているはずだ。それでもそれを口にさせるという事は、それなりの意味があるんだろう。