何事かと走り寄る兵士達よりも早く、俺は口を開く。
「恋の花を、咲かせましょうっ!」
突然に目の前に散った桜の花吹雪に、兵士達の動きが反射的に止まる。と同時、刀を下段から振り上げるように空を切れば、俺の身長の二倍はあろうかという竜巻が巻き起こり、粉雪と花弁を巻き上げて前方を一掃していく。
それを追いかければ、見覚えのある兜が目に入る。でも後もう少しだというのに人が邪魔で届かない。一気に間をつめなければと思い、俺は刀を握る右手に雷を発生させた。パチパチと音がするのを聞いてからその右手を前に突き出す。
「Magnam!」
突き出された刀の威力は凄まじく、目の前を塞ぐ奴のわき腹を、その次の男の右腕を、俺の目の前を邪魔する奴らを切り裂いて進んだ。どれも致命傷までは行かないけれど、かなりの出血に違いない。
ヤバイと思いながらも、手は止まらなかった。俺の目の前に、兜の男がいる。
「ヒッ!」
短い、息を飲むような悲鳴。そして更に逃げるスピードを上げようとするそいつを、逃がすものかと反射的に兜を引っ掴めば、バリンという豪快な音が響いて俺の手に軽い振動が伝わった。
反射的に覚えたのは、頭蓋骨を握りつぶしたんじゃないかという恐怖だった。慌ててそいつを見れば、どうやら兜の装飾部分に助けられたらしく、頭蓋骨までにはいたっていない。俺が割ったのは兜だけだったようだ。
ほっと一安心して、その隙に逃げられるのではないかとすぐに気を引き締める。しかしそれは無駄だった。
男は逃げる事も忘れ、全身の力が抜けた状態で漏らしていた。そりゃ、頭が握りつぶされるか否かの瀬戸際を体験したんだから仕方が無いだろう。逃げる事すらしないで、ただ虚ろな目で宙を見つめて放心しているようだった。
これなら放っておいても大丈夫だ。あとは兵士達の方だけれど。
俺が周囲を見渡せば、将が討ち取られたせいか、それとも兜を握り壊すというパフォーマンスをやってのけた俺に対して恐怖を抱いているのか、俺に対して攻撃してこようと言う奴は居ない。
「こいつ、あんたらの大将?」
とりあえず一番手前の男に問い掛ければ、そいつは顔を真っ青にしてガクガクと首が取れるんじゃないかってくらいに頷く。
どうやら戦意は喪失しているようだ。
「用事があるのはこの大将一人だ。その他の奴らは、とっとと帰れ。」
俺の言葉に、再びざわめきが起こる。俺はこの世界についてよく知らないから、大将を討ち取ればそれでオシマイだと思っていたのだけれど、違ったのだろうか。
ゲームだって大将首を取ってしまえばそのまま戦績の画面に行ってしまうから、その後の対処法なんて理解してない。
どうしたもんかと思いながら、兜を掴んでいた手を放す。パラパラと手から粉砕された兜の粉が落ちていくのがわかった。それに絡まるように数十本にもなる男の髪の毛があるのに気付く。
あと少し、後もう少し内側を掴んでいたら。
間違いなく、俺はこの男を殺していたんだろう。そう思ってぞっとした。
「連絡にございます。」
そんな俺の思考を遮るように、青白い月光の作った俺の影から、ゴポリという音と共に泡が浮き出てくる。
「先の連絡どおり、明朝にはこちらに到着との事。隊については、一度撤退させるが上策かと。」
「あ、そうなのか?」
それなら、帰れっていう俺の言葉もあながち間違いじゃなかったみたいだ。なら何であんな風にざわめいたのか俺には今一つピンと来なかったけど、まぁいい。
とりあえず明日の朝…と言ってももしかしたらもう夜中を回って今日の朝になるのかもしれないが…政宗達がここに来るまでに、こいつが死なないように見張ってりゃいいんだろう。
「っつー訳で、お前ら撤退しろよ。」
俺がそう言えば、さっき俺の言葉に答えた一番手前の奴が最初に反応した。撤退というよりは、逃げ去るって言う表現が近いようなその動きにつられるように、周囲の兵卒も一気に去っていく。来る時より去る時のスピードの方が速いのかと小さく苦笑しながらその群れの去っていく様子を見ていたが、その中で数人が逃げる事無くその場にまんじりと座っている。
座っているだけではなく、倒れこむ奴もいて、それを見ていて俺ははっとした。
それは俺の刀で切り裂いた者達だった。痛そうに悶えるものも居れば、必死に傷口を押さえてこちらを睨みつける奴も居る。
別にこのまま放っておいても問題は無いだろう。自分で止血すれば生き延びられるレベルの傷だ。でも、この場所は本州最北端。その寒さにただでさえ体が弱っているのに傷を受ければ、普通よりも負担がかかるのは目に見えていた。
「殺すなって事だしな…。止血と手当て。頼めるか?」
「はっ。」
俺の命令に忍びが再び霞と共に現れた。そして手早く怪我人に向かっていく。
怪我をしたのは七人。あんなに密集していたのに、それくらいの人数で済んで良かったと溜息混じりに小さく呟いてから、俺は一番手前の男に近付いた。
「おい、傷口見せろよ。」
「触るな!」
俺が手を差し伸べれば、叩き落とす。まぁさっきまで敵同士だった訳だし、それくらいは当たり前の反応だろう。刀を鞘にしまうのを忘れていたのも、その反応の理由の一つかもしれない。
刀を鞘にしまって、俺はそいつの手をぐぃっと引っ張った。こういう時に出るのは普通くらいの力なのにと思いながら、忍びが使っている晒しを一本貰ってグルグルと傷口…わき腹へとまきつけ始める。
男は驚いたように目を丸くして俺を見つめていた。
「…何故、助ける。」
一体何の話をしているのだと思ってから、そいつは自分の事を言っているのだと気付いた。
いつきといい、こいつといい、何か勘違いしているようで困る。俺は政宗の命令に従っているだけで、殺すなと言われたから殺さなかったまでに過ぎない。助けたいとかそんな感情なんて一欠片も存在しない。唯一存在するのは、いかに与えられた仕事を完璧に近い形でこなせるかという事くらいだ。
大将を殺しそうになってゾッとしたのだって、人を殺す事に恐怖した訳でもなんでもない。
任務を全うできないかもしれないという恐怖だけが、俺を駆り立てるんだから。
「死なれたら、困るんだよ。」
政宗はそれを望んでない。そして俺が人を殺す事で政宗に不利になるんだったら、暗殺者のアイデンティティーを真正面から否定するような、殺さずの戦いだってしてみせる。
一度命令を下されれば、ゲームキャラとか、同じ歳位の青年だとか、そんな枠から飛びぬけて、政宗は俺の中で絶対的な主として君臨している。
それは命令が遂行し終えるまでの短い時間に過ぎないけれど、それでも確かに俺の中に確実に存在していた。

