本大将がわざわざ先頭を突っ切る事なんてまず無いだろうから、そいつがこの軍の先駆けであるのだと目星をつける。 布陣を敷く事すらなく戦いに来る様な奴らだ、先頭を潰せば統率が崩れるだろう。
 その隙に本大将を生け捕りにすればこちらの勝ちだ。
「あーそうだ、頼みがあるんだけど。」
 忍びに声をかければ、まだ何かあるのかというように僅かに眉をひそめてみせる。
「巻き込まれないように、離れててくれるか?急ぎの連絡があったらこっちに向かってクナイか何か投げてくれれば気付くから。」
「…御意。」
 当たっても知らないからな。という感じだろうか、返答へ少しの間を空けてから、忍びは一握りくらいの靄になって大地へ染みて消える。
 その様子を見つめていた俺の耳に、ザクザクと雪を踏みしめる沢山の足音が聞こえてきた。  始まる、と俺が告げる。
「この村の者にしては上等の服を着ておるな。貴様、何処の者だ。」
 ズィと威嚇するように先頭を切っている男が低く吠えた。その声に俺は地面に向けていた顔を上げる。
 篝火が村の入口から畑を照らすように隙間無くひしめいているその様子は、どこか、現代の…現代の、無駄なあの明かりに見えて俺は一瞬鼻の奥の辺りがツンと来てしまった。
 どちらも下らない明かりだ。無駄で無意味で必要性を感じない。それなのにそれを懐かしいと思ってしまうあたり、俺もそれに慣らされていたのだろう。
 頭が他の思考に走っていく中、体だけは忠実に戦いへと足を向ける。
 一歩、足を踏み出す。本来、農民や町民など、そういう一般人は武士に対して媚び諂うのがこの世界のデフォルトなんだろう。その証拠に、去る事無く足を踏み出した俺を見てどよめきが広がる。それに気付かないフリをして一歩ずつ、確実にそいつへと向かっていった。
 男が、再び口を開く。
「一揆衆ならば切る。違うのであらば去れ。我等はこの地を治める畠山氏の命により、一揆討伐に」
「は?」
 長ったらしくなりそうな口上を連ねようとしていたのを、俺は反射的に声をあげていた。問いかけるように疑問符を付ければ、先駆けの男は兜で殆ど素顔が見えないながらも怪訝な表情をして俺を見据えた。
「悪い、もう一回言ってくれ。あんたらは、誰の命でここに来たって?」
 聞き違いなら、良し。聞き違いじゃ無いなら、とりあえず足の一本は折らせてもらう。なんて物騒な事を考えながら問いかける。
 俺の問い掛けに男は更に怪訝そうにひそめた眉を寄せてから口を開いた。
「畠山氏くらい知っておろう。この土地を治めておるお方なれば、その御命令は絶対。…貴様、一揆衆か?」
 俺はその問い掛けには答えずに刀を抜き去った。途端に、篝火がゾロと蠢く。軍の者が構えたのがよくわかったが、俺にとってそれはどうでも良かった。
 俺の知識、小さな脳味噌じゃ全然理解出来てないが、表面上はこの土地は政宗のものであったはずだ。それは表向きだとはいえど絶対だったはず。
 例えばその畠山氏とやらがその土地を政宗の命令で治めているとしても、それならばさっきの長ったらしい口上の一番先頭に、伊達家の三文字が入らなければおかしい。
 つまりこの男。
 この土地は違う奴のものだと、そう、平然と言ってのけやがった。
「可哀想にな、あんた。」
 返答をしないのを肯定と取ったのか、男が刀を抜き放つ。俺の持つ刃の潰れた刀なんかじゃなく、人を殺す事を目的とした鋭利な刃物。その切っ先を俺に向けてくる。
 と、同時だったのだろう。俺は強く大地を蹴るとその男の懐に一気にもぐりこんでからニィと笑いかけた。
 動いている自分自身にとってはいつもと大差ない時間が流れたように思えたが、第三者からすると違って見えたらしく。男の目には驚愕と動揺が映っている。
 驚きのあまりか、それとも俺が余りに早かったのか。相手の腕は先程俺の居た場所に刀を向けたままの状態で止まっていた。
「右と左、どっちが良い?」
 問い掛ければ男は漸く我に返ったようで、俺から間合いをあけようと後ろに足を引く。片足を引いた瞬間に、俺は残っているもう片方の足を…あぁ、俺から見て右側の足だ。その足を守る防具と防具の境、踝の部分に刀を叩きつける。
 勿論手加減をしてあるから、叩きつける勢いだけで足が千切れる様な事は無かった。しかし、どうも手加減が難しく、骨が砕ける盛大な音が刀越しに伝わってくる。
 こりゃ、治らないなと思った時だった。
「ぁああああ!!」
 痛みに声を上げる男。ザワリと周囲に動揺が走り、軍全体が一歩分、俺達から逃げるように間を空ける。俺は崩れ落ちる男から僅かに離れて、地面に座り込むその姿をじっと見据えていた。
「とりあえず肋骨辺りもいっておくか?地味に痛いぜ、アレ。」
 逃げるとかそういう事も忘れてその場に蹲り、悲鳴を上げ続ける男に声をかければ、恐怖に歪んだ目が俺を見て、我武者羅に刀を振ってくる。
 狙いが定まっていない凶器。手首を蹴り上げれば、刀はまるでアニメでも見ているかのように綺麗な放物線を描いて地面へと落ちた。