どうしてそんなに俺の邪魔をしようとするのか。俺は小さく溜息をついてから未だに俺の影に姿を隠したままの忍びに声をかけた。
「いつきを縛り上げて安全な場所に避難させろ。」
「御意。」
俺の影がまるで泥のように一瞬ブクリと大きな泡を出し、その中から小さな霧が吐き出される。その霧が一瞬にして人の形に変わると、そこには黒い忍び装束に身を包んだ男が立っていた。
そいつは俺の命令通りいつきを縛り上げ、小脇に抱える。それを確認してから豪族達が向かっているという場所へ走ろうとしたその時だった。
「おらはそんな事頼んでねぇ!おら達の事はおら達が守るだ!」
悲痛な叫び声。一体何処に叫ぶ力が残っていたというんだか、鼓膜をつんざくようなそんな声が俺の背中を射抜いた。
これがもし、善意とか偽善とかそういう物が原動力になっている慈善事業だったら、俺はショックを受けたかもしれない。自分のやろうとしている事を真正面から否定されるのは結構辛い事だし。
でも、俺はいつきを助けたい訳じゃ無い。守りたい訳でもない。
「勘違いするなよ。俺は俺の主人の命令に従ってるまでだ。」
振り返りもせずに言い切ったその言葉に、いつきが息を飲むのがわかった。別に声を凄ませたつもりは無いし、むしろ逆に俺の顔は随分と綺麗な笑顔を象ったんじゃないかと思う。勿論自分の顔なんて見えないからなんとも言えないけれど、顔の筋肉が妙にしなやかに動いたようなそんな気がした。
無意識に神経が研ぎ澄まされていって、その後は高揚感が促すままに俺の脚が地面を蹴っていた。一目散に南西の方角、集落の中で一番見通しのいいその場所へと向かう。身体能力が上がっているというのに、周りの景色が動くスピードはそこまで早くも無い。どうしてかと思っていたけれど、過ぎていく風景から考えると確かに俺の足は早くなっているらしい。どうやら動体視力もアップしているからそう見えただけのようだ。
闇の中でチラチラと動く松明、その数と配置をざっと確認してから俺は刀を構えて大きく深呼吸した。
「殺したら…やっぱり駄目なんだろうな。」
「最善は追い返すのみが得策かと。」
俺の独り言に返事を返したのは先程の忍びだった。いつきはちゃんと安全なところに非難させたのかと視線だけで問えば、向こうも視線だけで大丈夫だと返答する。お互いに暗殺者という部分があるのか、妙なところで意志の疎通はうまくいくようだ。
「伊達家に了承を得ぬままに軍を動かした罪は確実とはいえど、伊達の法で律し、罰を与えねば権力を誇示する事は不可能。無闇に殺せば反発も増えましょう。」
断罪させ、伊達家への忠誠を誓わせる為には生きた形でないといけないという事か。確かに死んでからじゃあ誓いも何も立てられないしな。という事はやはり、殺しは無しという事か。
面倒な事になったと思いながら俺は刃の潰されている刀に目をやった。幾ら刃が潰れているとは言え、今の俺の状態では一瞬でも本気を出したが最後、刀で撲殺しかねない。本気を出すつもりは更々無いけれど、もし、と考えるとゾッとする。
実際、ここに来てから俺は一度も本気という物を出した事が無いし、戦ったと言っても政宗と手合わせをしたのと伊達軍の荒波に揉まれたのと合計二回だけで、どちらも本気ではなかった。力をどれ位出すとどれだけの傷を相手に与えるのかすらわからない。それでは駄目なのに。
自分の力量、それの及ぼすもの。それらを全部理解するのは暗殺者として必要な事だ。
「殺さないように頑張るけどな。」
そして、刃の潰れた剣を再び抜き放つと思い切り振りかぶり、畑の近くにある大きな木へと叩き付けた。
確かな手ごたえと、メキメキッという木の皮やらが破壊される音がほぼ同時に感覚として俺の中を駆け抜け、剣は人の胴体をゆうに超えるほどの太さを持つ幹を三分の二まで切って停止した。
力を込めたとはいえ、本気を出していないにも拘らずこれくらいなら、本気を出したら間違いなく人を殺してしまう。
「現代人へのハンデ…って事か。」
このゲームの世界で生き抜くには、現代人の俺にとって不利な事ばかりだろう。何せ戦国乱世を舞台にした場所だから命の取り合いなんて日常茶飯事な訳だし、武将という武将が人知を越えた力を操って特殊技を多用するんだったら尚更だ。
だから属性の垣根無く特殊技を使える事、体力が著しく増幅している事、俺にとってはとても助かる。助かる、けど。
「これじゃ楽しめないじゃん。」
ムゥと唇を尖らせて独り言を繰り返し、俺は木から剣を引き抜いて鞘にしまう。忍びはそんな俺に我関せず、といった様子で村の入口の方をじっと凝視していた。
松明の明かりが徐々に近付いてくる。それは満ち潮の瞬間をじっくりと待つような、そんな倒錯的な感覚を呼び起こした。
「まぁいいか。殺さなきゃ、良い訳だろ?」
俺の問い掛けに忍びがチラリと視線をやってから僅かな動作で頷いてみせる。その裏に、それ以外なら好きにすればいいという意図を汲み取って、俺は小さく笑みを浮かべた。
やはり忍びとはいえ伊達軍らしい反応だ。慎重な軍であったら、そんなに易々と好きにすれば良いなんて許可はしないそのあたりのノリの良さは伊達軍、ひいては政宗の色に染まっているのだろう。
敵の軍がゆっくりと、布陣する事無く一直線に村へと向かってきた。村の入口は篝火でぼんやりと赤く照らされて、まるで燃えている様にも見える。先頭に立つのは中肉中背の甲冑を着た男。周りを固めているやつらのソレよりも若干質が良さそうに見える兜だ。

