「と、突然何をするだ…。」
泣きそうな震えた声で問いながら、いつきは俺を心配するように手を伸ばす。冷たい指が先程まで俺が刀を突きつけていた首に触れる。
「大丈夫だって、大丈夫。驚かして悪かったよ。…でも、敵意がないって事を伝えるにはこうした方が早いしさ。」
「だからって、それはねぇべ。」
怪我したかと思っただよと続けるいつきのまん前に座って、刀をしまった。そして視線を同じくらいにして少し潤んだ目を見つめながら頭を撫でてやる。
これくらいで泣くって事は、人が実際に怪我を負って死ぬシーンを見た事がないんだろう。つまり、この間の小競り合いとやらでも人を殺すような事はしなかったという事だ。豪族達に与えたダメージは殆ど皆無で、一旦足を遠のかせただけだというのが現状か。
だとすれば政宗到着よりも先に豪族がこちらに攻め入ってくる可能性が一気に高くなる。最悪、俺一人で凌がなきゃいけないだろう。
「俺はある人からの命令でいつき達を助けに来た。」
「ある人?隣村の若衆だべか。」
助けに、と言った途端、肩の力が抜けたようだった。
どうやらいつきの中で一番の頼りになるのは隣村の人達らしい。まぁ自分の率いている村の人達が怪我で出られずに一人で対応している訳だから、そう考えるのも仕方ないけれど。
でも、それ以外に頼るべきものが無いというのも又事実。
「違う違う。殿様だよ。わかりやすく言うなら、お侍。」
俺の一言でいつきの顔つきが一気に変化した。力が抜けたはずの肩がビクリと震え、安堵に緩んだ顔が一気に引き締まる。そしてハンマーを杖代わりに、まだ力が抜けているであろう体を無理矢理立ち上がった。
「…お侍に頼るような真似はしねぇ。」
立ち上がって俺を見下ろすその体は小さく、拒絶を示している声はあまりに弱々しい。予想していた反応だったから俺は特に何も感じはしなかったけれど、強いて言うならこれが信念って奴なんだろうなと思った。
いつきからすれば自分達を苦しめた上の奴らは全員悪いお侍なんだろうし、例え救いの手だったとしてもそれが諸悪の根源であるお侍からのものであればそれを易々と受け入れる事はできないだろう。
それを知っているからこそ俺はいつきを咎めるような事はしない。
「わかってるって。いつきにはいつきの戦いがあるんだろ。」
俺の言葉にいつきはしっかりとした目で頷いた。今すぐだって倒れそうな体を引きずってでも動こうとするのは感心を通りこして感服するけれど、だからといってこっちも、はいそうですかと戻りはしない。
仕事は仕事。ちゃんと最後まで任務を遂行しなければ俺がここに来た意味がなくなってしまう。
「だからさ、勝手にやらせてもらうよ。」
俺はそう言ってから去ろうとしたいつきの前に立ち塞がる。怪訝そうに俺の事を見上げるいつきは俺の考えている事が大体わかっているのか、少し怯えた様な顔をして杖のようにしていたハンマーを強く握り締めた。
安心させるように優しく笑みを浮かべてから、その細っこい首筋に刃の無い刀を突きつける。
「俺が下された命令は、『北の一揆の沈静化と、豪族達から彼らを守る事。犠牲は最小限に。』ここでいつきに無駄に動かれて死なれでもしたら俺の任務は失敗になっちまう訳。」
こんな体力でいつきが戦線に出た所で大した力になりはしないだろう。精々、二人か三人撃退して体力が尽きて、あの世行きだ。それは俺の下された命令に反する。それだけは避けなくてはならない。
頭の中がスゥッと涼しくなるような感覚。例えて言うなら頭の天辺に雪の塊を乗せられて、解けた水がじんわりと滴っていくようなそんな感じ。
俺の中身が、暗殺者である菫を呼び起こす時の感覚だ。
口元に笑みが浮かぶ。楽しい訳でもないのに口の端が吊り上がって、やけに冷たく冷静になった頭の中を異様な興奮が駆け巡り始める。
「だから、さ。」
刀を振り上げると同時、いつきが俺の胴を薙ぐようにハンマーを振りかぶる。しかし残念ながらこのゲームの世界に迷い込んだ事で一気に身体能力のアップした俺に、ただでさえ動きの鈍いいつきの攻撃が追いつくはずも無かった。
いつきの攻撃よりも先に、俺の刀がいつきの首に軽くめり込み、小さな体がその衝撃に耐え切れず倒れ伏せる。痛そうに唸る声が雪に埋もれながらも聞こえてくるあたり、意識を飛ばす事は無かったようだ。大の大人だったら一発で気絶するような衝撃だというのに、この子供はどうやら気合だけでそれを防いだらしい。
その気概だけなら認めるべきだろう。そう思って刀を収める俺の足元、大きな満月が作り出した青っぽい影が小さく揺らめく。
「様、豪族の一揆討伐隊が動き始めたとの事。この連絡を受けて伊達軍は夜も進軍を続行、到着は明朝になるかと。」
ハスキーな声の主は伊達家の忍び、黒脛組の一人だ。今回の俺の一揆鎮圧に助力する為に政宗直々につけられ、情報を俺にくれるという話しだったけれど。
予想より早かった豪族の動きに俺は小さく舌打ちをする。
「方角は。」
「村の南西、田畑で開けた視界の得られるその場所より、侵略する模様。」
俺は言われた南西へと足を向けてから、足元でうつ伏せに倒れているいつきに目をやった。俺と忍びとの会話を聞いていたらしく、倒れたままとはいえ、その手はハンマーを握り直している。体がダメージから回復したらそちらへ駆けつけるつもりなんだろう。

