7.
 特殊技が使える事を、こんなにも感謝した事は無い。何でかって言うと。
「うへぇ…ひっどい雪だなこりゃ。」
 油断すれば足を取られるほどの大量の雪。キンと冷えた空気を風が揺らせば、まるで頬を小さな刃物で切り刻まれるようなそんな感覚に陥るほどの寒さだ。
 それを相殺する為に、俺は特殊技の炎を適度に操って自分の周りの空気を暖かくしている。多分特殊技ができなかったら、俺は一揆の起こっている集落に辿り着く前に凍死していた事だろう。
 これでもかと言うほどデカイ月はゲームの時と同じだけれど、実際自分の目で見てみるとやっぱり違う。こんなに大きな月なんて今まで見た事も無い。その力強さとどこか幻想的な姿に俺は暫く立ち止まってぼんやりと空を見上げていた。
 ゲームだと、こんな夜景をバックにいつきと戦うんだよな。
「そこで何やってるだ!お侍だか!?」
 そうそう、こんな感じの可愛らしい声でさ。それに見合った可愛い顔つきと衣装。萌えを狙ってるんだろうけど、あの格好は絶対寒いと思うんだよな。防寒具なんて手首とか足首とか、その程度だし、絶対風邪ひくと思うんだ。
「おめぇさん、おらの話し聞いてねぇべ…?」
 それにしても妙にリアルにいつきの声が、と思ってから俺は首を傾げた。
 いやいやあまりにリアルすぎる。これはもしかしてもしかすると、俺は集落に来て早々、一揆の頭にぶち当たってしまったらしい。
 声のした方に体を向ければ、ゲーム通りの薄着をしたいつきが、大きなハンマーを構えて俺を見つめていた。
「いつき…だよな。」
 俺が名前を呼べば、いつきは驚いたように目を見開いた。
「おらの事知ってるだか?」
「そりゃ、有名だから。…一揆の頭としてだけど。」
 俺は腰に下げてあった刀を抜いた。今回の目的の為にこの刀に刃はついていない。しかしそれでもいつきにとっては恐怖だったらしく、驚きに見開かれていた目を一度瞬かせてからキュッと唇を噛み締めた。
「実際見るとやっぱり小さいんだな。」
 そして驚くほど細い。それは俺が知ってる細さじゃなくて、もっと命に瀕した細さだった。アイドルやグラビア、テレビで見る女優とかで細い人を見るのは慣れていたけれど、そういう物とは全く違って、見ている方がクン、と心臓を掴まれるような痩せ方。
 ゲームの中とは随分と違ったそれに俺は僅か戸惑った。だって、ゲームの中ではいつきはいつも明るくて元気で、一揆の人々のモチベーションを上げる役割で。
 これが、現実のいつきなのか。
「おめさも、おら達を潰しに来ただか。」
 重いハンマーを持ち上げるその力は一体何処から出ているのだろうと思う程だ。こんな状態で侍達と戦うなんて、どうしてそんな事を考えたのか。
 一時的に退ける事ができても、こんな体力じゃすぐにボロがでて討ち取られるのがオチだけど。きっと、それを考えていられないほど追い詰められていたのだろう。
 例え明日死ぬかもしれなくても、今日を生きる為にその決断が必要だったのだと。それは彼女の姿を見ればすぐにわかる。
「そんな状態で一人で戦う気なのか?他の一揆衆はどうしたんだよ。」
「白々しく聞くでねぇ!おめさ達がこの間の小競り合いで怪我させたんでねか!」
 まるで手負いの動物みたいに威嚇するいつき。でもその言葉からするとどうやらここにはいつきしかいないらしい。
「つまり、実質戦えるのはいつきだけか。」
 一揆衆が使えるのなら、もし政宗達が来る前に豪族達が来ても何とか食い止める事ができると思っていた。しかし予想よりも酷い状態だ。実質戦力として戦えるのがいつきだけとはいえ、この状況ではハンマーを構えるだけで精一杯だろう。
 その証拠に、構えているハンマーの角度が徐々に下向きになってきている。
「困ったなぁ。つまりここで使える奴は俺一人って事かよ。」
 俺は溜息交じりにそう呟くと刀を片手で持って自分の首へと向けた。突然のその行為の意味がわからなかったのかいつきは驚いて再び目を見開く。
 俺は笑顔を浮かべると刀を思い切り首に押し付け、引き払う。もし本物なら首がすっぱり飛んでいる事だろうが、刃を潰されているこの刀は跡すらつける事はなかった。
「大丈夫。これ、何も切れない刀だから。」
 俺がそう笑って話しかければ、いつきは突然地面にへたり込んだ。
 予想外の動きに慌てて近寄るとどんぐりの様なまん丸な目に僅かに涙が浮かんでいる。どうやら小さな子には刺激が強すぎたらしい。