執務って言うのは今一つピンと来ないが、国政みたいなもののはずだ。だとすれば片手間でやるべき事じゃない。きっと小十郎はそれを止めてくれるだろうと信じていた。
「わかりました。執務さえやっていただければ構いません。」
 だから小十郎のこの発言にはかなりビックリした。というか驚きすぎてえぇ!?と思わず声をあげてしまった。
「「何だ、文句でもあんのか?」」
 奥州双竜、一見するとヤクザとその若頭の二人組みのその一言に、俺は反射的に首を横に振っていた。
「何でもないデス。」
 片言の敬語で返答するも二人は気付いていないのだろう。小十郎はやけに晴れ晴れとしたような顔になってから政宗に一度頭を下げた。
「よろしくお願いします。それでは私は畑の方に行っておりますので。」
 いそいそという表現方法がピッタリ当てはまるような浮き足立った感じで小十郎が立ち上がる。畑、と聞いた途端政宗ははぁと小さく溜息をついてから、小十郎に手をヒラヒラと振ってさっさと行くようにと無言で示す。
 小十郎はキラキラと、もう一度言おう。あの強面をキラキラと輝かせてそのまま一目散に部屋を後にする。いつもとは違うその反応に俺は正直戸惑った。というより、ちょっとひいた。
「は、畑好きなんだな。」
「いや、あれは好きを通り越してaddictだ。」(addict=中毒患者)
 確かに中毒って表現が似合うかもしれない。あの足取りの軽さと言ったらまるで、宙に浮いているようだったし。きっと今頃小十郎専用の畑に水やったりしてるんだろうな。
 そう考えていると、政宗は玉座へと戻って足元に散らばっている紙達をかき集めてから俺に手招きした。
「こっち来いよ。そんな遠くから話されちゃ聞こえねぇ。」
 言いながらゴソゴソと一度集めた紙を床へと広げていく。無作為に見えるようだけど、何かしらのこだわりがあるらしく、政宗は微妙に紙の配置をずらしたりしている。
 俺はそれを踏まないように気をつけながら政宗の隣に来た。
「俺、何処にいたらいいんだ?」
 問いかけると政宗は畳一面に敷かれた紙を見つめたまま玉座を指差した。
「俺の席の隣にでも座ってろ。」
 話を聞きたいと言っていた割りに命令口調なのが結構腹が立つが、紙の配置を無心でやっている政宗の姿にその苛立ちも消えていく。
 この土地を治める者として全力で向かう様はカッコいい。カッコいいけど、だったら執務中じゃなくて後で時間のある時にでも話を聞けばいいのに。
 まぁ政宗には政宗の考えがあるんだろうから俺は何も言わず、玉座の隣に胡坐をかいて紙を並べる政宗を見つめていた。
「やっぱさ、こういうの見てると政宗も統治者なんだなって実感するな。真面目だし。」
「ッハ!俺はいつでもSeriousだぜ?」
「そういう部分が真面目に見えないんだっての。」
 軽く言われるとなんだか嘘くさい。勿論、政宗がこの場所の絶対的な統治者だって言うのも理解してるし、統治者としての才覚があるのも良く知っているけど、こうして冗談めかして俺に接してくるあたりは俺と同じ位のただの青年にすら見えてくるから不思議だ。
 政宗は紙の配置に納得したのか満足そうに一度頷いてから玉座へと戻ってくる。そしてそのまま腰掛けると視線を書類の群れに向けたまま口を開いた。
「話してくれ。」
「あぁ、えっと…何から話したらいいんだ?」
 改めて自分の今まで生きていた世界って奴を話そうとしても、出てこないのだ。実際、頭をめぐらせても何だか今まで当たり前だったものが全部消えてってしまうような、そんな感じに襲われて記憶が出てこない。
 困っていると政宗は小さくあぁと納得したように声を出した。
「世界の事なんて大雑把過ぎたな。Ah…お前の住んでいた所の治安について教えてもらって良いか?」
「俺の暮らしていた国は比較的平和な国だった。戦争…戦って言うのか?それも無かったし、国の中でそんなに大げさな殺し合いなんてしない。人を殺したり傷つけるのは罪だとされていたし、飢えてる人も少ないし、子供は全員勉強できて、将来どんな仕事になれるかも自分で決められる。」
 俺の言葉に政宗は小さく声を出した。いや、もしかしたら俺の言葉じゃなくて、見ていた書類に対しての何らかの反応だったのかもしれないけれど。
 そんな風に考えていると政宗が小さく口を開いた。
「そいつはまるでparadiseだな。」
 俺としてはそれが当たり前だったから楽園だ、なんて形容されると驚いてしまう。
 でもそうなんだよな。この乱世って時代に生きている政宗達にしてみれば、戦が無いって時点で、最早想像の範疇を超えたものなのかもしれない。
「まぁ、表向きだけだよ。そんな楽園は一部だけで、世界全体から見ると飢えて死んだり戦で死ぬ人が沢山いる。生きる為に人を殺したり殺されたりしてる。そんな人達を土台にして俺の生きている国は成り立ってた。」
 所詮はただの見せ掛けだけの張りぼてで。それに皆縋って生きていた。毎日のように繰り返してきた日常が、いつか誰かにひっくり返されるのを恐れながらも、その張りぼてに必死にしがみついていた。
 自分の地位や、金や、そんなものを守る為に必死になって。誰かがミサイルの一発でもぶち込んでしまえばあっけなくその日常は消えてしまうって理解しているのに、その事を考える事は無く、ただ目の前にぶら下げられたデフォルトの毎日を繰り返す。
「それが本当に政宗の言うパラダイスなのかどうか、俺には理解できないけどさ。」
 少なくとも、俺からすれば答えはノーだ。しかし、政宗はゆっくりと首を横に振って悔しそうに下唇を噛み締めてから、微かな声で呟いた。