6.
昼間の集会で軽くヤキを入れたせいか、伊達軍の中で俺のポジションは鬼庭さん以上成実さん以下の力の持ち主、プラス怒らせてはいけない人物になったらしい。
新入りだという立場は変わっていないというのに、先程廊下で歩いていたら、通りすがりの伊達軍のお兄さん達にさん付けで挨拶されたのだ。あれは正直参ってしまう。
俺としては、別に女みたいだとか可愛いだとか言われなければそれでいいのだけれど、一度刷り込まれた記憶って言うのは滅多に消えないものだし、諦めた方がいいだろう。
そう考えながら女中さんに教えられた通りに廊下を歩いて辿り着いた先は、いかにも、と言った造りの部屋の前。華美では無く、むしろ質素に見えるが、柱や壁には細かく模様が彫られているし、扉の手をかけるところや扉の縁を飾る金属も重厚感がある。
物の良し悪しなんて全くと言っていい程わからないけれど、とにかく凄い高そうなのは理解できる。
そんな扉の前に、まるで時代劇の役者のように座ると、俺は息を大きく吸った。
「、只今参上致しました。」
軽く腹に力を入れて声を出せば、少しの間の後に部屋の主の声が帰ってきた。
「O.K.入っていいぜ。」
ごそごそと聞こえた紙の音。何か大切な書類でも片付けているのだろう。そう考えた俺は、比較的ゆっくりと扉を開けてから頭を下げる。
「失礼致します。」
部屋に入ると奥の玉座に政宗が座っていた。その足元には地図やら手紙やらが沢山落ちているが、ここからではよくわからない。
珍しい室内をきょろきょろと見ていると、政宗の下座、でも結構偉そうな場所に小十郎が座っている。
「やっぱり、機嫌悪い…か?」
恐る恐る問いかけるも、イラついた雰囲気の政宗は返答もせずに玉座にだらしなく腰掛けたままこちらを見据えている。それを小十郎が注意しないあたり、かなりキレているのだという事が予想された。
それでも問いかけるのは人の常ってやつだ。絶対に怒っているとわかっていても、もしかしたら否定してくれるのではないかと期待してしまう。
その希望は殆ど百パーセントの確立で覆されるけれど。
「Ah…どこかの誰かさんが手ぇ抜きやがったからな。」
やっぱりそれか。政宗としては俺の力を皆に見せ付けたかったのだろう。それで軍のモチベーションを挙げるのも策にあったに違いない。
とはいえ、俺が全力を出したらどうなるかなんて、少し考えればわかる事だろう。一度刃を交えた時、あの時政宗は俺が全力を出していない事に気付いていた筈。ましてそんな状態の俺に押されていたというのに、それでも全力を出せというのは余りにも無茶だ。
もしそうしたら死者が出るかもしれない…いや、きっと凄惨な事になっていただろう。
「お前がやった事はあいつらに対する侮辱だ。わかっているか?」
言うと政宗は玉座から立ち上がった。足元にある紙を踏んでも気にならないらしく、一直線に俺の元へと歩いてくる。苛立ちからの威圧感に圧倒されながら、俺は目の前に立つ政宗から目を背けるように下を向く。
「あれは悪かったと思ってる。全力で来た成実や鬼庭さん、伊達軍すべての人に謝るべきだ。」
全力でぶつかってきた彼らに対する、裏切りと同等の行為。その引け目はきちんと感じている。
でも、だ。
「でも、俺が本気を出したらどうなったかすらわからない。だから俺の選択は正しかった。それはわかる。」
開き直りとも取れる俺の発言を政宗はどう受け取っただろうか。そう思って顔をあげてその表情を覗き込むとほぼ同時、政宗は大きく声をあげて笑い出した。
吹き出すように笑ったものだからつばが思い切り俺の顔に吹きかかる。
何だこれは。新手の嫌がらせか?
着物の裾で顔を拭いながら政宗を睨み付けると、悪戯っぽい笑みを浮かべた政宗がいきなり抱きついてきた。
「Perfect!流石は俺が見込んだ男だぜ!」
そのまま頭を勢い良く撫でられ、首が左右にありえない角度まで曲がる。そのまま後三回くらい往復したら首がもげるかもしれないと思ったその時、漸く頭を撫でられるのが止まった。しかし腕は俺の体を抱きしめたまま緩む気配が全く無い。
「な、これでいいだろ、小十郎。」
嬉々とした様子で部屋の隅にいる小十郎に声をかけているけれど、一体何が起こったというのか。唯一確かな事は、俺を抱きしめる政宗の顔がとても明るく、まるで新しい玩具を買ってもらった子供のようだという事。
形容してから、ふと気付く。その玩具ってもしかして…俺か?
「わかりました。この小十郎に二言はございません。を政宗様の直属の部下へ正式に登用する事を許しましょう。」
「Yes!」
どういういきさつで、どうしてこうなったのかはわからない。だが、二人の会話から予想されるのは、政宗は俺を試していた。そしてその結果が良ければ俺を正式に直属の部下に任命して良いと、小十郎に言わせたのだろう。
だから政宗は俺の返答に対しパーフェクト、完璧だと言ったのだ。
俺を手に入れた時に直属の部下にするといっていたが、小十郎が駄目と言ったに違いない。そうじゃなければ、この場に小十郎をいさせる必要が無い。
そう考えればすべてが一本の線上に上手く繋がっていった。

