「お手柔らかに…って、無理?」
 小首を傾げて問えば成実は残念だけど、と返答する。ふざけたオーラも、サドっぽい笑いも存在しない、一人の武人としての成実が俺の目の前に立っていた。
 その姿を見て俺は少しだけ申し訳なくなる。こんなにも正々堂々と戦おうとしている奴に、俺はわざと負けるのだ。それは武人に対して失礼きわまりない。
 先程の鬼庭さんとの手合わせへの後ろめたさも、そう思う原因なんだろう。
 でも、俺が成実を潰せば残りは小十郎と政宗だろう。それでは困る。
 今まで伊達軍を作っていた主軸であろう成実が敗退すれば、そこからほころびが出る。例えそれが訓練だろうと結果は同じだ。
 それを見て、ハングリー精神に目覚めるような向上心があるならば別にいいけれど、これでもし気力を削ぐ事になり、伊達軍の覇気がなくなってしまったら?新入りに打ちのめされた上司に部下が反旗を翻したら?その可能性がないとは言い切れない以上、余所者である俺はこれ以上勝ってはいけないのだ。
 痛いのは嫌だけど、当たった攻撃の威力を分散させる方法は心得ている。
「いざ、勝負!」
 成実は叫ぶと槍を突き出した。それをギリギリでかわし、いかにも精一杯というように体制を整える。
 そこを狙って放たれた、槍を回転させる様にして生まれる流れるような連撃をかわすが、徐々にかわすタイミングを遅くしていく。そして、俺の脚を薙ぐ様にふるわれた槍の先が足を払った。
 ぶつかる勢いを削ぐように転がれば、勝敗が決する。
「いてて…」
 床と仲良くするのは受身の基本だし慣れているが、刃を潰してあるとはいえ、槍をまともに受けたのはきつかった。きっとぶつかったところは青く内出血しているんだろう。
「ここまで来れたなんて中々やるじゃん?気に入ったよ、。」
 成実はどうやら俺が手を抜いた事に気付いていないらしい。周囲のギャラリーもどうやら俺の演技に気付いていない様子だが…。
 壇上からこちらを見ている政宗の目が痛い。その瞳には、どうして手を抜いたと書かれている気がするけれど、それはあながち間違ってもいないだろう。
「俺、結構やるっしょ?」
 ニヤリと笑いを浮かべて成実に視線をやれば、この戦いに賑わうギャラリーが一気に沸いた。
「中々やるじゃねぇか!」
「それでこそ伊達軍に入るに相応しいぜ!」
「次は絶対負けねぇからな!」
 様々な声が飛び交うが、それらがすべて肯定的なものであった事に俺は安堵の息をつく。
「今夜はの入隊を祝ってpartyだ!派手にやるぜ!」
 政宗が高々とそう宣言すると、伊達軍のボルテージは更にヒートアップする。
 ジンジンと痛む足をかばいながら起き上がろうとすると、後ろから誰かが手を貸してくれた。
「大丈夫でしたか?」
「鬼庭さんこそ。どこか痛めてたりとかは…」
 俺に手を貸してくれたのは鬼庭さんだった。心配する言葉に鬼庭さんは首を横に振ってから、俺の横顔に軽くそよ風を起こす。
「風で衝撃を分散しましたから平気です。さんはお優しいのですね。」
 ほんわかとした鬼庭さんの表情に、見ている俺までほんわかしてくる。
 まして皆が武器を使う中、包帯という異質なものを使い、攻撃ではなくあえて捕縛に回るその姿からも、鬼庭さんの性格が窺える。まぁ一瞬見えた腹黒そうなオーラは今は考えないでおこう。
 それに比べて、と俺は壇上でこちらを睨みつけている政宗を見やる。
 唯一俺の実力を知っている政宗は今の戦いを不服としているに違いない。小十郎も政宗の様子から何かを察したらしく、怪訝そうに俺を見据えている。
 男前二人に見つめられるなんて気分がいいな、何て冗談が一瞬頭を過ぎったのは、双竜の眼力が怖くて、咄嗟に思考が逃げに走ったからだと思う。
 多分この後、かなり機嫌の悪い政宗に問い詰められるのだろう。俺は心の中で大きく溜息をついた。
「今日の集会はこれで終わりだ。それぞれ、自分の仕事に戻っていいぜ。」
 政宗がそう言うと同時に俺の周りに一気に人が集まってきた。しかし先程とは違ってどこか一線をおいたような、そんな感じがする。その証拠に俺を中心にして、半径二メートルくらいの空間を置いて伊達軍の面々が俺を取り囲んでいた。
 その理由は先程成実に勝利したからだろうか、と思っていると、集団の中の一人がぼそりと呟いた。
「可愛い…」
 それを皮切りに、次々とそういった類の言葉が感染していく。
 あぁ、つまりあれだな。良くある、転校生の女ヒロインを前にしたクラスメイトの男子みたいな、そんな感じなんだな。
 それに気付いた俺の左目蓋がピクリと痙攣したが、ポーカーフェイスを決め込んで。怒りのエネルギーをそのまますべて笑顔に向けて周囲に振りまけば雄たけびが上がった。
 いつき親衛隊のごとく、黄色い声援ならぬ、どこか濁ったような黄土色の声援。可愛いぜー!など何だの、色々な声が混ざって一つの叫びとなっている。
 俺は正直、可愛いという範囲ではない。どちらかというと中性的よりやや男前だと自負している。まぁこんなむさ苦しい所では十二分に可愛いに当たるかもしれないが、それは俺の男としてのプライドを傷つけた。
 ピキ、とこめかみの辺りが妙な音を立てた気がする。もしかしたら青筋が浮いているかもしれないし、笑顔もどこか引きつってきたような気もする。
 俺の笑顔の不審さに気付いた成実が、鬼庭さんを連れて一歩俺から離れる。それを確認して、俺は拳を握った。
「今、可愛いとかそういう類の言葉言った奴。全員ぶん殴るからちょっと面貸せオラ。」
 笑顔のまま握りこぶしを作ると、黄土色の声援が途絶える。
 その後、集会場が阿鼻叫喚の渦に包まれたのは言うまでもない。