「それで隠れたつもりですか?」
 俺が一歩近付くと、一歩分後ろに下がって距離をとる鬼庭さん。その様子をギャラリーと化した伊達軍の面々が不思議そうに見つめていた。
「小生の属性は風。たとえ姿が見えなくとも、貴方が何処にいるかくらい、風の流れを読めばわかります。」
 その言葉にギャラリーが一気に騒ぎ立てた。
「さすが鬼庭さんだぜ!やっちまってくだせぇ!」
「姿を消すなんざ度胸のねぇ証拠だぜ!」
 ざわめき立つ伊達軍の面々を訝しげに見やる男が一人。政宗だ。彼は壇上から俺達の戦いを高みの見物と洒落込んでいるが、その眉はひそめられている。きっと政宗は気付いているのだ。
 俺が、わざと鬼庭さんに見つかるように姿を隠した事を。
 鬼庭さんは懐から包帯を一巻き取り出して、俺に向かって投げつけた。それがグルグルと俺の体を縛り上げ、それが見えなくなった俺の輪郭を再び目に見えるようにしていく。ここまできたら最早姿を消すのも意味がない。俺は集中を解いて姿を現す。
 鬼庭さんは懐に手をやるとそのまま俺に向かってきた。きっとその手には何らかの武器が握られているに違いない。ここまでは計算どおり。後はタイミングを見計らうだけだ。
 ギリギリまで鬼庭さんが近付くのを見計らって、俺は口を開いた。
「この地に。」
 毛利の技、敵を跳ね返す緑色の壁がフォンという唸り声のような音と共に俺と鬼庭さんの間にできる。突然の事に鬼庭さんは対処しきれず、そのまま壁にぶつかって吹き飛ばされる。受身をとろうにも威力が強かったらしく、床へとズザッと大きな音を立てて背中からスライディングした。
「うわー、危なかった。」
 危機一髪、という風に口を開いて包帯を燃やし尽くす。全身についた灰を払うと俺は起き上がった鬼庭さんに近付いた。
「大丈夫?咄嗟だったからつい手加減できなくて…」
 勿論それは嘘だ。今の俺の実力なら特殊技を使わなくたって鬼庭さんに勝てる。包帯の動きが風による不規則なものであったとしてもすべて避ける事など簡単だった。そしてそのまま鬼庭さんにつっこんで軽く腹に一発入れればすぐに終わったに違いない。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます。」
 俺が手を差し出せば、ふわりとした笑顔で返してその手を取る鬼庭さん。そんな俺達を見ているギャラリーの会話に耳を澄ませば、信じられない、まさかあの鬼庭さんが、とか聞こえてくる。
 これで皆の中の俺の像は、本気を出して鬼庭さんをギリギリ超える男として認識されただろう。
 俺の狙いはそこにあるのだ。
「小生の次は成実様がお相手成されます。経理の小生とは別格の腕前ですから、お気をつけ下さい。」
 成実か…あの体格や筋肉の付き方から考えるにかなり強い攻撃なんだろう。多分三分の二まで行ったら成実に当たると見て間違いない。そして三分の三…すべて行けば小十郎、そして政宗の順だろうか。だとすれば成実あたりでわざと負けておいた方がいいだろう。
 軍としてのまとまりを保つ為には余所者はあまりでしゃばらない方が良い。そのための嘘八百なのだ。
 政宗の顔を立たせ、尚且つ目立たない程度に敗退すればいいだろう。
 そう思った時、鬼庭さんが俺にしか聞こえないような小さい声でそっと囁いてきた。
「成実様は私と違って、手加減に気付いて合わせるような子じゃありませんから。」
 ゾク、と背中を駆ける殺気。それに気付いて咄嗟に鬼庭さんを見れば、どうしたのかというように小首を傾げて見せる。その表情は何一つ変わらないのに、この殺気。
 鬼庭さんは俺が手加減してるのに気付いて、しかもその茶番に乗ってくれたというのか。だとするとさっき受身が取れなかったのももしかしたら鬼庭さんの演技…?
 どうやら相当の食わせ物らしい。
「次は、もう少し本気を出してくださいね。」
 私の実力では足元にも及ばないのでしょうが。そう付け加えてから去っていく鬼庭さんに俺は小さく頭を下げる。やはり武人として、戦に関わるものとして、相手に手加減をされるなんて嫌な気分になるに違いないのに。
 それでも鬼庭さんは俺の茶番に協力してくれた。…今度、次手合わせをするような事があったら、もう少し真正面から戦うべきかも知れないと思うけど。
 正直、この腹黒っぽさを垣間見た今では、あまり敵に回したくは無いな。
「退け!邪魔する奴は蹴っ飛ばす。」
 まるで先程勝った事に調子に乗ったように大声を出して振舞えば、ギャラリーに回っていた奴らが見事に挑発に乗って飛びかかってくる。それらを千切っては投げ千切っては投げ、本当にゲームをやっているみたいに気分よく勝ち進んでいく。
 そんな俺の目の前に山吹色の特攻服に身を包んだ成実が現れた。そこに辿り着くと、やはり鬼庭さんの時と同様に、周囲の奴らは手を出さずに見物に回る。
「武の成実の実力、見てみるか?」
 その手にあるのは中距離用の槍だった。珍しい事に両端に刃がついている。訓練用だろうから刃は潰しているだろうが当たれば中々に痛いだろう。当たる勢いによっては骨折もありえる。