「それでは失礼致します。」
「おうすまねェ…って、何だよ、人の面ジロジロ見やがって。」
部屋から退出した女中さんに手をヒラヒラと振っていた元親が、俺の視線に気付いたらしく怪訝そうな顔をして振り返った。
「…いや、てっきり着替えを手伝ってもらうのかと思って。」
俺の言葉に元親はあぁと納得したように小さく声をあげてから、早速というように服に手をかけた。酒に濡れた短い裾のジャケットを脱ぎ去りながら、元親は苦笑を浮かべる。
「お偉いさんの中にャそういう奴もいるみたいだけどな。生憎俺は船旅ばっかりの生活だからな。一秒ずつ変化する海を相手にする時に、着替えなんかに無駄な時間や手間、人員を割きたくねェんだ。」
説明しながらも首の防具を外したり胸にかけてあるベルトのようなものを外したり、その度にガチャガチャと大きな音を立てて装飾品が落下していく。そして何の恥じらいも無く元親は袴までズルッと脱いでしまった。
まぁ、わからんでもない。お互い男同士だし、学校でも体育の時間の着替えなんかはこんなもんだろう。下着一枚で普通に着替えたり会話したりなんて、当たり前の光景だ。でも、流石に初めて会った奴だってのにもう少し躊躇ったりとか…しないのか?しないんだろうな、大雑把なイメージあるし。
俺は改めて元親の露になった体に目をやった。全身にバランス良く付いた筋肉は、鍛えるだけでは出てこないしなやかさを持ち合わせている。実戦で培ったものでなければ、こんな風にはならないだろう。
「おうどうした?見惚れっちまったか?」
マジマジと見ていると、冗談交じりに元親が笑いかけてくる。まぁ確かに、現代じゃ滅多にお目にかかれない代物だしと思って正直に頷いて見せれば、突然元親の動きが止まった。笑ったままの状態でピタリと動きを止めるその様子は何処か滑稽だ。
俺は用意されていた着替えの横に添えてあった手ぬぐいを元親に向かって放り投げてやる。呆けた顔をしていた元親は驚きながらもそれを反射的に受け取った。
「ちゃんと体拭いてから着ないと、新しい方にも匂いが付くぞ。」
「お、…おう。」
さっきまでの元気の良さは何処に消えたんだと思うくらいの、元親の突然の変化。ここまであからさまだとわかり易すぎて笑えてくる。俺は込み上げる笑いを必死に押さえていた。
いつもいつも親衛隊に褒められたり持ち上げられたりするのには慣れているらしいが、こうやってしみじみと言われると恥ずかしいらしい。耐性ができていないんだろう。
「でもやっぱり、良い体格だよな。羨ましい。」
あえて口にしたのは元親の反応を見る為だ。予想通り、元親はまた動きを止めてしまう。体躯に似合わず戸惑ったように視線をきょろきょろさせる仕草のギャップが楽しい。
伊達軍で一番いじられる事の多い俺ですら、こんな風にからかう事ができるとは。成実が元親をからかう理由がわかった気がした。
「そりャ、まァ、海で鍛えられてるからな。」
当人は本気で照れているらしく、もそもそと動きを小さくしながら体を拭いている。まぁ羨ましいのは本当だけれど。
未だに政宗や成実から細い細いと言われ続けているし、小十郎ですら、最近では俺の栄養が足りないんじゃないかとかそんな心配をし始めるようになってしまった。だから個体差なんだよ、そういう体質なんだよ、わかれよな!からかわれるよりも心配される方が心にグサってくるんだよ、グサって。
でも体質って言えば元親はその点有利なのかもしれない。
「鬼って一族だから尚更なのか?」
俺の問いに、元親は困ったような顔をしてから使い終わった手ぬぐいを畳に放り投げる。用意された新しい服を引っ掴んでから、元親は口を開いた。
「それもあるぜ。鬼は身体能力も人間に比べて著しく発達するからな。まぁそれも人によってまちまちだけどよ。」
すいすいと着替えを進めていく元親の衣装、それが何処か見覚えがある気がするんだけど、如何せんまだ下の方を履いただけだからわからない。
俺も着替えなくてはと、話を聞きながらとはいえゆっくり手を動かし出す。
「大抵は、体力が上がる奴と加護が上がる奴の二通りに別れるな。逆に時々、どっちも上がらない人間と大差ない奴も生まれてくる。」
「元親は体力だったのか?」
このガタイを見れば一目瞭然だろう、そう思いながら問い掛ければ、元親はニヤリとどこか悪戯めいた笑みを浮かべて俺の方に一歩近付いた。僅かに酒の匂いに混じって油のような匂いがする。重機を重んじる元親らしい匂いだ。
元親は俺のすぐ傍まで来ると、悪戯っ子のように片方しかない目を輝かせて体を屈める。至近距離まで顔を近づける元親が何を意図しているんだろう、そう考えるよりも早く元親の手が左目を隠す眼帯をめくり上げた。

