「そうやって切り捨ててきたから、元居た世界の事も気にかけねぇんだろ。」
納得したという表現に混じっているのは、余り良くない感じの声色。俺にはよくわからなかったけれど、一番近い表現は侮蔑とか落胆とか、そんな感じだろうか。
その時の政宗の反応は、随分前の…そう、俺と小十郎がこの世界の話をした時と同じ。あの時も小十郎は俺の言葉に軽蔑とかそんな感じの感情を抱いていたはずだ。
それでも小十郎は世界の違いだと言って無理矢理にも納得してくれたけど、人が使い捨てとして存在している現代で育った俺の考えは、随分と非人情的なものとして受け取られるに違いない。
あぁでも、そんな薄っぺらな現代でもこんな事を言ったら拒絶されるんだろうか。
他人事みたいに考えてる俺。政宗はあの言葉を放ったきり、ずっと無言のままでいる。軽蔑しただろうか、問いかけようと思うけれど沈黙が痛いくらいに俺達二人に圧し掛かってくるせいで、言葉が喉に張り付いて離れようとしない。
あまりの沈黙に眠ってしまったのかとも思うが、気配からすると政宗は起きている。これでも暗殺者を生業としていたし、この世界に来てから随分と敏感になった感知能力もある。間違いなんてしない。
「…優しいんだな、政宗は。」
仁義に重きを置くこの世界の人間からしたら、俺の考えは危なすぎるだろう。寝返りとか謀反とか裏切りとか、そういう物に結びつくであろう俺の考えは間違いなく、切り捨てるべきはずのものだ。
それなのに政宗は俺を切り捨てようとしない。今だって、背中を預けたままの体勢から動こうとしない。
右目を失っている政宗にとって、右斜め後ろってのは絶対に人に見せてはいけない隙の生まれる場所。命を削って生きるこの乱世に、そんな場所を陣取る事を許してくれてるってきっと凄い事だ。だからこの体勢を許されているという事は、俺という存在が、政宗に傍にいる事を許されてる証なんだと思う。
忠誠を誓った菫としてではなく、ただの一人の人間として政宗に接している、という男を政宗は信頼してくれている。
だから痛いくらいの沈黙なんて全くもって平気だった。でも心のどこかでは、このくっつけている背中が離れたら、もしかしたら政宗はもう俺にこうやって甘えるのを止めてしまうんじゃないかって。
そう思って不安になる俺が居て、ゾッとする。戦ってる時のゾクゾクしたものとは全然違う、高揚も何も生み出さない、足元をすくわれるような感覚。
久しぶりのそれはこの世界に来て初めて感じた感覚に良く似ていて、それに気付いた俺は無理矢理それをなかった事にする。
怖いなんて、そんなの感じる訳が無い。
「…Shit!」
政宗が小さく吐き捨てる。焦ったようなそんなニュアンスの含まれた言葉にどうかしたのかと、上半身を捩じって政宗の方を見ようとすると、背中にかかる体重が更に増えた。強く押し付けられる背中が徐々に俺の体を押していく。
何がしたいんだと問い掛けるよりも先、政宗の体がズルリと俺の背中から落ち、胡坐をかく俺の太腿に落ちてきた。
「寝る。」
胡坐をかく俺の太腿に頭を預けるような体勢になった政宗は、隻眼で俺を射抜いて一言、そう告げた。有無を言わせないその声に俺は頷いてから足を胡坐から長座に変えて、政宗が眠りやすいようにする。
一体何を焦っているんだと問いかけようとも思ったけれど、金の瞳はすぐに閉じられてしまって、俺は開きかけた唇を結ぶ他無かった。
もしかしたら政宗は俺の不安を読み取ってわざと目の前で眠る素振りを見せたのかもしれない。背中を預けられるくらい信用してるとか、目の前で眠っても良いと思うくらい心を許してるとか、そんなニュアンスを伝えようとしてるんじゃないか。
まさかそんな事するはずないだろうけど。そう思う俺の膝の上、目を閉じる政宗が唇を開いた。
「お前だから、だ。誰にでも優しい訳じゃねぇ。」
気付け、というように強めに吐き捨てられた言葉は、声の勢いとは違ってどこか柔らかな音を持っていた。やっぱり政宗は優しいなと思いながら、癖のついている髪の毛をそっと指で梳いてやる。
「I see...」(I see=わかってる)
無駄に発音良く答えてやれば、目を閉じている政宗の口角が吊り上がって嬉しそうな笑みを浮かべる。それを見ながら俺は、漸く自分が…伊達軍に慣れただけじゃなくて、政宗に侵食されているんだと気付いた。

