伊達軍でこんな風に廊下を走る奴なんてそうそう居ない。小十郎に見つかったらお説教を喰らうというのを皆が皆、身をもって知っているからだ。それでも尚こりずに走るような奴と言ったら。
「入るよー!!」
 スパーン、と景気の良い音を立てて部屋の扉が開けられた。そこにいるのは紛れもない成実の姿だ。よく朝の訓練の時に見かけるような袴姿で両手に木でできた練習用の槍を持っている。二本槍とか、パッと見が幸村みたいだなぁと思っていた矢先、元親が俺の肩をガッシリと掴んで背後に隠れる。…勿論、俺なんかを楯にしたところで元親が隠れる事はなく。
「長曾我部の兄サン、遊ぼうぜ!」
 俺を介して声をかける成実。どうやら今までの言動から考えるに元親は成実と関わりたくないのか…?
 何だか意外だと思った。成実も好戦的だし、遊ぼうといいながら槍を持ってくる辺り、覇気をぶつけて楽しむような元親とは気が合いそうだと思うんだけど。
 そう考えている間にも成実は俺の肩においてある元親の手を掴んでから、ニヤリとサディスティックな笑みを浮かべた。
「嫌なら、この間みたいに追いかけっこしても良いんだけど…どうする?」
 追いかけっこ、その単語が発せられた瞬間に俺の背中に居た元親がビクリと大げさに体を震わせた。その手がブルブルと震えている辺り、どうやら本気で怖がっているようだ。元親は鬼の眷属って言われて怖れられているはずなのに、なんなんだこの展開は。
 明らかに主導権は成実に握られている。そしてそれを理解しているからだろう、成実はいつものようなワンコの皮を脱ぎ捨てて心底楽しそうな笑みを浮かべた。腹の底から湧き上がって来たようなドス黒い笑み。元親に向けられたはずなのに、俺までゾワッとしてしまう。
「おいおい成実、元親怯えてんじゃねぇか。もうちっと、優しくしてやれ。You see?」
 流石に見かねたのか、政宗が助け舟を出す。まさか同じサディスト属性の政宗が気遣うような事を言うとは思わなくて、俺は信じられないというように政宗へと視線をやる。しかしその目は楽しそうに笑っていた。
 一体どうしてだと思いながら、窘められたはずの成実へと視線をやるとその目はさっきよりも更に楽しそうになっている。…多分、障害があるほうが燃えるタイプなんだろう。それを見て政宗もニヤニヤしているあたり、多分そう言った方が成実が高揚するとわかって口にしたんだろうな。タチの悪い嫌がらせだ。
「お、俺、用事あるから構ってやれねェ、悪い!」
 徐々に色を強くしていく成実の視線に耐えられなくなったのか、元親はそう叫ぶと突然に俺の肩を思い切り突き飛ばした。自然と俺の体は成実にタックルを食らわせるような状態になってしまう。
 そんな俺を反射的に成実が抱きかかえるうちに、元親は開きっぱなしになっていた扉から部屋の外へと走って行ってしまった。
「梵、どんばざみぃ!おっけー?」
「Don’t bother meだろ。OK,OK,邪魔しねぇから楽しんで来い。」(Don’t bother me=邪魔するな)
 俺をまるで荷物のようにポンと政宗につき返して成実が廊下へと走り去っていく。嵐も驚くんじゃないかってくらいのあっという間の出来事に、俺はポカンとしたまま口を開いて成実の背中を見送った。
 そんな様子をクツクツと楽しそうに笑っていたのは政宗だ。何処か遠い目をして成実が走り去った扉を見ている。
「…なんなんだ、あの二人。」
 漸く俺が口にできたのはその一言だった。元親の反応を見る限りは仲が良い云々よりも前に、食うか食われるかって感じのギリギリ感が見て取れた。でも成実の方の反応を見る限り、サディスティックな部分が出てるにしろ相当気に入っているのは見て取れる。遊びに誘おうとしたあの顔の輝きからするに、かなりのものじゃないだろうか。
 仲が良いというよりは一方的に成実が元親にじゃれ付いてるようなイメージがあるんだけど。俺がそう言えば政宗はあながち間違ってねぇと頷いて見せた。
「あんだけ成実がじゃれるような奴は長曾我部くらいしかいねぇからな。気に入ってるんだろうよ。」
 気に入っているにしろ何にしろ、随分とはた迷惑な愛情表現の仕方だ。その辺りは政宗と成実は良く似ている。スキンシップやサディスティックな行動を繰り返すのも、この二人の愛情表現の大きな特徴だろう。
 政宗の場合、スキンシップの方が多い。それが俺にとっての唯一の救いだろうか。もしもこれで成実みたいにサディスティックに扱われたら…想像するだけで背筋に悪寒が走った。
「お前も、長曾我部には大分懐いてるみたいだけどな。」
 ドスンと大きな音を立てて政宗が座り込む。そして胡坐をかくと俺の袴の裾をグイグイと引っ張ってきた。俺は慣れたようにその場に座り込むと、政宗の右斜め後ろに同じように胡坐をかいて座った。その体勢の俺の背中に政宗の背中が寄りかかる。
 お互いに軽く背中を預けるこの体勢は、最近の政宗のお気に入りらしい。ハグとかそういうのとは別に、無言で俺の服の裾を引っ張る時はこの体勢になりたいのを主張している素振りだ。
「懐いてるって、犬猫みたいな扱いすんなよ。」
「Ha,主人がわからないような奴は犬猫以下だぜ?」
 俺の背にかける体重をグイっと意図的に増やす政宗に抗議するように軽く首を捩じって左後方を見やる。
そこには悪戯な笑みを浮かべた政宗の姿があった。でもその目は若干揺らいでいる。
「政宗は菫の主人だろ。俺は誰の物にもならないって、一番最初に言っただろうが。」
 そう言い放つと、政宗の瞳に映った揺らぎが更に大きくなって、それを隠すようなシンとした光が生まれる。
 大人の顔、理知的に対応しようとする時に出てくる顔をして政宗は俺から視線を反らすように真正面を向いた。
「そうやって切り捨てるのか。Therefore…You are empty.」(Therefore,You are empty=だからお前は空っぽなのか)
 刺々しい声が批難を含んだように俺の鼓膜を貫いた。主語が抜けているせいで、一体何を切り捨てているのかすらわからない。どういう意味だと俺が口を開くよりも先、政宗は納得したように口を開いた。