小十郎の声が俺に届くか否かの瀬戸際の時、バリケードの上からヒラリと碇槍に乗った元親が跳んできた。放物線を描く着地点は紛れも無く、俺のいる場所だ。威嚇のつもりなんだろうか、俺はそう考えを廻らせるとあえて必要最低限の動きで元親をかわす。
 俺の横ギリギリを通過する元親の目が一瞬だけ驚きに見開かれ、それから楽しそうに弧を描いた。
 弩九の状態で俺の横を着地し、そのまま滑る様にして伊達軍のバリケード前で方向転換をする。その瞬間、炎が碇から巻き上がり、伊達軍のバリケードの根元を一気に溶かした。全て溶けた訳では無いけれど、これでバリケードに関しては互角になった訳だ。
 元親はそのまま悠々と弧を描いて再び俺の前に戻ってくる。そして碇槍から下りてから重そうなそれを軽々と担ぎ上げた。
「野郎共、まだ手ェ出すんじゃねェぞ!」
 一喝してから俺に一歩ずつ近付いてくる元親。どうやら俺に興味があるらしく、一直線にこちらへ向かってくる。逆に言えば俺以外には目もくれていない訳で、そうなると当然氷玉も飛んでくる。
 しかし俺の頬の真横を通り過ぎるように放たれた氷玉は、元親の所へ行く前にさっきと同じように消えてしまった。唯一違っていたのは、近くにいたから聞こえたんだろう、音。
 シュッという空気の抜けるような音。それが何を意味するのか何となく理解して、俺は目の前でこちらを見据えたままビクともしない元親に、負けじと視線をやる。
 元親の属性は幸村と同じ炎だ。空気が圧縮された時のようなシュンという音から想像するに、きっと投げつけられた氷玉の部分にだけその炎の属性を使って瞬間的に蒸発させているんだろうけど…そんなに細かく調整できるものなのか?
「この間の戦の時にゃァ居なかったな、新顔…にしちゃ、豪勢過ぎる陣羽織だな。重鎮だって滅多に着られるもんじゃねェ。…アンタ何モンだ?」
 訝しげというよりは興味とか好奇心が先に出てきたらしく、その目はランランと輝いている。その色がどこか、政宗が好奇に揺れる時の色に良く似ていて俺は内心であぁ、と呟いた。
 戦のはずがいつの間にか宴会になっていた、なんて話を聞いたけど、この調子で政宗に会ったのならそれもありそうだ。
 邪気の無い純粋な好奇。自分の土地を侵略する者に対して政宗は容赦しないだろうけど、そうじゃ無い奴相手なら話しは違うのだろう。元親相手なら和議が出来ると踏んだのかもしれない。宴会というよりは、戦の最中に和議を結んでその締結の証として懇談の宴会を開いた…って感じなんじゃないだろうか。
「新しく伊達軍に入っただ。」
だな。…良い面構えじゃねェか。気に入った!」
 ガシャンと碇槍を構えなおして元親が俺に覇気を向ける。戦いに付き物の殺気とは違いそこには純粋な力の誇示、そして俺に対する挑発の意味合いしかない。この戦国って時代には似合わない単純なそれは、元親というキャラにはピタリと当てはまるようなそんな気がした。
 遊ぼうぜというようにこっちに覇気を向けている元親に、俺はどうしたものかと伊達軍の方を振り返る。俺としてはその誘いに乗りたいのだけど、そうした場合小十郎もしくは鬼庭さんに怒られるだろう事は目に見えている。氷玉の生産を中断してこちらの様子をじっと伺っている小十郎に視線をやると、小十郎は渋い顔をした。
「右目の兄さんよォ、ちィっとこのって奴、貸してくんねェか?」
 元親からの申し出が後ろを振り返っている俺越しに小十郎へと投げかけられる。
 多分小十郎の中ではそろばんがパチパチと音を立てて動いているんじゃないだろうか。元親の申し出を断ってこのまま雪合戦を続けるか、それとも元親の申し出を受け入れて雪合戦を中止するか…。でもどっちにするのかは何となく俺は予想がついた。何故なら、そう思って周囲を見回す。
 雪の中で運動していればそれなりに温かくなるが、元親の乱入により雪合戦が中断され、伊達軍と長曾我部軍の両軍が寒そうに震えているのが見て取れた。伊達軍はまだ地元人という事もあって若干の余裕が見受けられるが、それだってほんの少しに過ぎない。もう暫くすれば戦意が喪失されるのも時間の問題だろう。
 長曾我部軍も厚着をしているが、伊達軍同様寒そうに震えているのが見て取れた。このまま雪合戦を再開した所で思ったような成果は期待できないに違いない。だとすると小十郎がどんな選択をするか。
「周りの物ブッ壊すんじゃねぇぞ、坊や。…長曾我部軍と伊達軍は引き上げに移る。」
 あとは好きにしろ。そう続けた小十郎の言葉は肯定を表していた。つまり、元親の申し出を認めた訳だ。これで思い切り体を動かせる。俺は早速振り返って元親の方を見ようとして、瞬間的に左へとジャンプしていた。
 そんな俺の右腕すれすれを碇槍の先端が通り過ぎ、そしてそのままこちら側へ薙ぐように向かってきた。
 しゃがみ込むようにして避け、突然の攻撃を仕掛けてきた元親を睨み上げる。しかし当の本人はというとそんな俺の反応に気を良くしたらしく、元々大きな動きで隙が多いにも拘らず、体勢を整えようともしないまま睨みつける俺をじっと見つめていた。
「来いよ。」
 わざと俺に攻撃させようとするように、碇槍を構える事無く攻撃が終わった後のダラリと下げたままの状態にし、元親が俺を見やる。思い通りに動くのも癪だけれど、力量を測ろうとしているこの余裕がムカついた。そしてそのムカつきの方が、癪だという考えより圧倒的に上を行く。
「んじゃ、遠慮なく!」
 しゃがんだ状態からその反動を使うように一気に跳躍し、元親の懐目掛けて跳びかかった。それを防ぐように碇槍が俺の目の前を遮るように地面に縦に突き立てられるが、それくらいの防御は当然予想している。俺は行く手を阻む碇槍に手を伸ばすと、両手でそれを掴んだ。
 そしてそのままの勢いでグルンと地面に水平になるように回転し、その勢いのままに元親へと蹴りを食らわす。幸村の紅蓮脚だ。