俺は記憶喪失という設定なのだから、友人だった奴らを思い出していたなんて正直に言えるはずも無い。珍しく言葉を濁した俺に成実は興味をそそられたのか俺に一歩近付いてから、言えというようにジッと待っている。
 さすがに内容が内容だし、ここは他に話題を移すべきだろうかと考えていると、成実は小さく声を出して笑った。
「へへ、聞くと思った?残念でした。」
 気になるけどさぁ、なんてちょっと気の抜けた声を出しながら、成実はヘラっとした笑顔を見せる。それからまるで内緒話をするみたいに俺の耳元まで顔を近づけてきた。
「言いたくなったらで構んないよ。俺も、輝宗様の時にに気ぃ使ってもらって助かったからさ。」
「成実…」
 何も考えないふりをして、そういう風に気を使ってくれる成実を見つめる。ありがとうと小さく呟けば成実は驚いて俺をマジマジと見つめてから首を勢い良く横に振った。
「何言ってんだよ、お互い様だって!」
 肩を強めに叩いて気にするなとアピールする成実に、俺は頷いてみせる。その時成実が笑みを浮かべた。と言っても普通の笑顔ならさっきから浮かべていたのだけれど、それとは少し違った嫌な笑み。
 何かを企んでいる時のそれに俺は思わず後ずさる。
「力ずくで吐かせるのも楽しそうじゃん?」
 ニヤリという擬音語がピタリと来る笑いをしながら紡がれた言葉。常日頃、犬っぽい言動ばかりを繰り返すからついつい忘れてしまいがちだけど、そうだよな、こいつも政宗と同じくサドだったんだよな!
 ジリジリと俺はゆっくり後退していく。何となく身の危険を感じたからだというのは言うまでもないだろう。
、中々言わなそうだから長ーく楽しめそうだなっ!」
 言葉尻に星を飛ばしてそうな明るい声でそう言われても恐いだけだ。このままじゃ危ない、絶対に狩られる。そう確信した俺は呼吸を整えてから心の中で、三、二、一…とカウントダウンする。それがゼロになった瞬間、俺は一気に駆け出した。
 突然の脱走に一歩出遅れた成実が慌てて追い駆けてくるが、陣幕の外は本当の合戦並みに柵やら壁やらが設けられていて追走もままならないらしく、気配が遠のく。この時ばかりは、この本格的な雪合戦に心から感謝した。
 陣から出てしまえば、まだ合戦も始まっていないその場所はシンと静まり返っていた。準備に追われる伊達軍の騒々しさもここまでは聞こえない。このまま雪合戦をボイコットするのも有りかと思ったけど、鬼庭さんにバレたらタダではすまないだろう。それに暇が待ち受けている城に戻るのも嫌だ。
 消去法の結果、俺はこのまま雪合戦に参加する事にした。勿論、成実には極力近付かないようにする、というのが大前提だったけど。
 思えば夢中になって走っていたけれど、どうやら入口に向かって逆流していたらしく、本陣から少し離れた場所にある洞窟付近に俺は居た。葬竜陣のメインである竜の像が雪の為に稼動を停止しているらしく雪を被ったままポツンと立っている。ゲーム画面じゃ凄い勢いで火を吐く竜も、今や形無しだ。
 すっきりとしない天気だからまた雪が降るかもしれない。でもこのまま雪を被っているのは何だか寂しい気がして俺はその雪を払う。それにもし、長曾我部軍がこちらへ来た時、この竜の像に雪がかかってないのを見たら稼動しているのではと憶測させる事が出来るかもしれない。それで進軍の勢いに僅かでもよどみが出来れば、伊達軍に有利に働くかもしれないし。
 最初の一体は手で雪を払っていたが、その次からは面倒になって風の特殊能力を使って強風を作り、吹き飛ばしていく事にした。一体ずつ雪を払っていき、洞窟周辺の像の雪を全部払い終える頃、ドンという大きな音が空から降ってきた。何事かと空を見上げると、ピカリと光った後に再びドンという腹に響くような音が周囲へと響き渡っていく。
 打ち上げられた閃光弾とほぼ同時、本陣の方から雄たけびが上がった。どうやらあれが始まりの合図らしく、本陣の方から先発隊と思われる人達がこちらへと向かってやってくる。
 その中にやけに見慣れた顔があって俺は首を傾げる。あれだけ忙しそうにしていたのに雪合戦に参加するんだろうかと思ってよくよく見てみるが、やはりそれは間違いなく小十郎の姿だった。俺の視線に気付いたのか小十郎もこちらを見た。
 まぁ雪合戦を提案した張本人が出ない訳にはいかないんだろう。もしかしたらあれだけ忙しそうにしていたのは雪合戦の準備に追われていたせいかもしれない。そう思いながら進軍の邪魔にならないようにと道の端へと避ける。
 しかし小十郎は真っ直ぐに、道ではなく俺の方へと走ってきた。
「丁度良い、手伝え。」
 言いカモを見つけた悪徳高利貸しみたいな面…もとい、顔をして小十郎が俺の腕を掴む。その瞬間、俺の頭の中の電卓がフル回転した。
 今の俺のポジションは成実に追われる身。それにプラスして、合戦になればいつ成実が来るかわからないという恐怖がある。イコール、小十郎の傍なら安全!
「オッケ、何するんだ?」
 答えがはじき出されると同時、俺も小十郎に合わせて走り出した。問い掛ければ小十郎は邪気を僅かに孕んだ笑みを浮かべる。
「長曾我部軍の歓迎兼、ウサ晴らしだ。」
 言葉の最後の方はキッパリと言いきる。邪気を纏いながらもその潔さは見ててさっぱりするくらいだ。
 つまり小十郎もこの雪でストレスが溜まっていたらしい。畑仕事も出来なくなって、心の癒しがなくなったのが大きな要因の一つだろう。
 たかが雪合戦、されど雪合戦。伊達軍のフラストレーションの捌け口となった瞬間、それがただの雪合戦で終わるとは到底思えない。
 俺はこれから対面するであろう長曾我部軍に心からの同情を送った。