「なぁーに浮かない顔してんのさ。」
 ムッとしている俺に成実が問う。模擬戦だとテンションが上がった矢先に雪合戦やりますよなんて言われたら、そりゃ普通ガックリ来るだろう。
 舞台は摺上原、本陣に伊達軍が陣取り入口に長曾我部軍という、まさにこれから自由合戦が始まるんじゃないかってシチュエーションでなんで雪合戦なんだ。ましてきちんと陣幕も張ってあって、雰囲気は合戦さながらって奴だ。
 俺も成実も実戦で着る陣羽織を羽織って準備は万全と言った感じになっているのに。
「だって雪合戦だぞ?長曾我部軍と手合わせできるって言うのに、まさかの雪合戦!?」
 責める様に語尾のイントネーションを上げれば成実も同意できる部分があるらしく苦笑を浮かべてから頬を軽く掻いた。
「まぁ、気持ちはわかるけどさ。」
「だろ?それにほら、雪の時にどういう戦い方をしたら効率良いのかとか、実践で調べたくないか?」
 俺の提案に成実はグッと押し黙る。その目が僅かに揺れるのを見る限り、成実もこの雪で大分参っているらしい。
 後もう一押しかな?そう思っていたら陣幕の向こうから鬼庭さんが現れた。
「それは楽しそうな提案ですね。」
 一体いつから聞いていたんだよ!俺と成実はほぼ同時にそうツッコミを入れそうになり、それを寸前で食い止めた。そんな事を言ったらどうなるかわからない。
 陣幕の中に入ると鬼庭さんは俺達の前に立った。その背後に黒っぽいオーラが見えるのは一体何故だ?冬の寒さとは明らかに違う悪寒が俺の背中を滑り落ちていく。隣に立つ成実も同じものを感じているのかブルリと体を震わせると助けを求めるようにこっちを見てきた。でも残念ながら俺も人を助ける余裕なんて無く、目の前の鬼庭さんにちょっと引きつった笑みを浮かべるので精一杯だった。
「楽しそうではありますが、今回の雪合戦は毎度の如く両軍に怪我人を出してしまう模擬戦を懸念しての案なので…できればご協力頂きたいのですが。」
 口調はとても穏やかで丁寧だ。表情もいつも通り柔らかく、口元には笑みも浮かんでいる。でもそれらも後ろのオーラと対になった途端に抗えない絶対的な圧力感へと変化してしまう。
「わ、かリましタ…」
 片言になってしまったが、きちんと返事ができただけでも良しとしよう。このまま何も言わなかったら、間違いなく抹殺される。そんな気がするし多分その予想は間違っていないんじゃないかって思う。
 俺が返事をすれば成実も首が千切れるんじゃないかというくらい激しくコクコクと首を縦に振って頷いて見せた。
「たかが雪合戦と思われるかもしれませんが、武器に関係なく己が身一つで戦うという事に関してはただの模擬戦より高度であると言えるでしょう。伊達軍の名に恥じぬ戦いを期待していますよ。」
 抹茶色の陣羽織を翻し、鬼庭さんは悠々と去っていく。俺と成実はその後姿が見えなくなるのを確認してから、無意識の内に詰めていた息を思い切り吐き出した。
「殺されるかと思った。」
 いつものふざけた感じが全て吹っ飛んだような声で、成実が呟く。多分心の底からの言葉だったんだろう、視線はまだ呆然と鬼庭さんの去った方向を見たまま動こうとしない。
「何であんなに威圧感たっぷりだったんだろうな、鬼庭さん。」
 俺の言葉に漸く呪縛から解き放たれたように成実がこちらを見てから肩をすくめて見せた。そして俺達は互いに顔を見合わせてから深いため息を吐く。
 それから成実は、あーと幾分気の抜けた声を出してから額を押さえた。
「この雪合戦、提案したの小十郎じゃん。」
「あー。」
 今度は俺があーと言う番だ。あの鬼庭さんのいつもより低い沸点には小十郎が絡んでいたのか。それなら簡単に納得がいった。
 鬼庭さんは小十郎にだけべらぼうに甘い。その様子は正にブラコン…って、こんな事を考えているとまた鬼庭さんが来そうな気がするからここまでにしておこう。
「まーいいか。雪の扱いならこっちの方が慣れてる分有利だし。袋叩きにしちまおうぜ?」
 ウサ晴らしにゃ丁度良い、なんて同盟国相手に何だか酷い事を企てる成実。その目がギラリと輝く中に、政宗と同じ悪戯な、というよりはサディスティックな色が僅かに覗いていた。本気でかかるつもりなんだろう。成実に当たった奴は可哀想だなと、まだ見ぬ長曾我部軍に同情したけれど。
 …ここで一度再確認しておくべきだろう。これは雪合戦だ、あくまでも。
 言い聞かせるけれど、暇だった俺からすれば雪合戦でもいいか、という気になってきた。多分隣でウキウキし出した成実につられているのもあるんだろう。
 俺は期待に満ちた顔でこちらを見る成実へとニヤリとした笑いを返す。
「ま、楽しまなきゃ損だよな?」
「えっへっへー!そうこなくっちゃ!」
 成実と居ると何だか高校時代の友人達を思い出す。色々馬鹿やって、下らない事で一緒になって大騒ぎして、仲良く先生に厳重注意とかされてたな。その時のノリと良く似ている。
「どうしたんだ?ボーっとして。」
 俺を気遣うような成実の言葉にふっと我に返れば、不思議そうにこちらを覗き込む成実の姿。構ってくれってアピールしている犬みたいにこっちを見つめている。
「ちょっとな。」