「板についてきたな。伊達軍の中にいても怖気づかなくなった。」
「まぁな。皆、見た目は強面だけど、良い奴らばっかりだし。」
 伊達軍の人達が政宗の居場所を内緒で教えてくれたり、宴云々じゃなくても飲みに誘ってくれたり、小十郎の機嫌の悪い時を教えてくれた事もあった。一番最初のイメージが逆らっちゃいけない人ってなっていたみたいだけど、今では普通に関わってくれる。
 これは大きな進歩だと言えるだろう。
「皆もお前って存在に慣れたようで何よりだ。」
「毎日のように城中を歩き回れば嫌でもそうなるだろ。」
 そういうところ、もしかしたら政宗はわざと逃げてたんじゃないかなんて思っている。俺が伊達軍の奴らと仲良くなる為の接点を増やす為に、城中を使った盛大なかくれんぼをやってくれたんじゃないかとか、色々。
 でもそれを指摘しても政宗は頷いてはくれないだろうから、俺はあえてそれを口にしたりはしない。
 政宗が人から好かれる理由はこういう所なんだろう。
「ほら、いつまでも寝転がってると小十郎呼ぶぞ。」
 さっさと仕事しろと声を掛ければ政宗はムッとしたように眉間に皺を寄せていたが、すぐに起き上がって文机へと向かう。国主たるもの、オンとオフの切り替えは素早くなければならない。
 ピシリと伸びた背筋、まっすぐに書類へと向かう視線、そこからは先程まで俺の膝の上で寝転がっていた時の様子は微塵もない。
「今日の午後は執務は無しだ。」
 突然の政宗の言葉。俺はどうしてかと問いかけようとして、文机の上に置いてある書類を見て納得する。かくれんぼが始まって当初は凄い量の書類が山積みになっていたのだけれど、その面影は今はもう無く、文机の上には五センチくらいの紙の束があるだけになっている。政宗の力量なら午前中に終わってしまうだろう。
 でもこの雪じゃ執務が無くなった所で特にやる事もないに違いない。一体どうするつもりなのかと思っていると、天井のあたりから人の気配がした。
「政宗様、」
 声をかけてきたのは天井裏にやってきた黒脛組だ。内容が極秘なのだろう、声をかけてからそれ以降は無言のまま待ち続けている。俺は政宗に視線をやって席を外そうかと問い掛けたが、政宗は首を横に振ってから黒脛組に報告を続けるようにと声をかけた。
 俺がいるのに話して大丈夫な事なのだろうか。そう思っている間にも黒脛組は天井裏から声を下ろす。
「長曾我部殿が港に到着いたしました。しばらくの後に到着するかと。」
 その報告に政宗はわかったとだけ言葉を返したが、まさかこの雪の中で元親率いる長曾我部軍が到着するだなんて思わなくて俺は驚いたまま政宗に目をやる。雪に慣れている伊達軍ですら外は雪で危ないからと言われているにも拘らず、どうやってこっちに来たんだろうか。
 船はまだ納得できるんだ。寒い場所だと言っても海の水が凍る事なんてありえない。流氷が流れてきたら話は別だけれど、ここまで流氷が流れてくる事はまず無い筈だし。問題はその後、港から城までの間で長曾我部軍が遭難するんじゃないかって事なんだけれど。
 疑問に思っている俺を放っておいて、政宗は書類に視線を置いたまま話を進める。
「OK,出迎えの準備をしろ、丁重にな。それから成実に長曾我部に売っていい戦利品を広間に並べるように連絡しておけ。」
「御意。」
 言葉と同時にフッと天井裏の気配が掻き消える。それと同時に再び執務に専念する政宗の背中に俺は疑問をぶつけた。
「この雪で、大丈夫なのかよ。」
 地元民すら怯える対象である雪が、南の方、まして陸に慣れていない海軍の長曾我部にとって強大な壁になるのは考えればすぐにわかるはずだ。それなのにスルーしているって事は、大丈夫なんだろうけど…やっぱり気になってしまう。
 俺の問いかけに政宗は何を言っているんだか、と言ったように小さく息を吐いてから振り返る事無く言葉を紡ぐ。
「お前、長曾我部知ってるんだろうが。だったらアイツが炎の加護を受けてるのも知ってるだろ。」
 言われてから俺は納得した。そう言えば元親は炎属性だった。と言ってもそれで雪を解かすにしろかなりの労力なんじゃないだろうか。そんな事を考えているが、まぁ武将レベルな訳だし普通の人よりも力があるんだろうと解釈する。
 こっちの方だとどうやら炎や氷といった特殊能力は、加護という表現をするらしい。
「それにそもそも、長曾我部家当主は鬼の眷族だからな。そんじょそこらの武将なんかよりはよっぽどか力がある。港からここに来るまでの雪を溶かして道を作るなんざ、楽勝だろうよ。」
「はぁ?」
 鬼の、眷族?
 俺は自分の耳を疑った。そしてもう一度その言葉を頭の中でリピートするが、やっぱり同じように聞こえた。他の言葉の聞き違いだったのかもしれないと思うが、それ以外に考えられない。
 確かに元親は自分を『鬼ヶ島の鬼』と名乗っていたけれど、それはあくまで比喩表現とかそういうものだとばかり思っていた。事実、四国には流刑人…今で言う犯罪者が流れ着いたという話もあって、鬼とかそういう忌まわしいものっていうニュアンスがあったらしいけど。
 でもそれはあくまで比喩表現だと思っていた。