12.
政宗が俺に与えてくれた仕事は些細な雑務だったけれど、暇になる事も無く適度な量だ。
ここに来て当初は怒涛の勢いで色々な事が起こったのだが、あの宴から一週間も経たない内に奥州に本格的な冬が訪れた。一面を雪に埋め尽くされた奥州は陸の孤島と化したが、それと同時に他からの侵略を防ぐ自然の砦でもある。戦をする事もない、ひと時の平和がやってきた訳だ。
今も俺は与えられた仕事の一つをこなしている。大股で廊下を早足で歩いて行くのは、廊下を走ると何処からともなく小十郎が現れて酷い目に遭わされるからだ。それが伊達軍の常らしい。
「あ、様!」
廊下を歩く俺に声をかけたのは軍馬の飼育係をしている馬屋番だ。廊下の突き当りからこちらに向かって大きく手を振っている。
「政宗様なら、中庭の松の木の裏に隠れてましたぜ!」
「マジ?サンキュ!」
馬屋番のタレコミに俺は目を見開いて笑みを浮かべた。その笑いは自分でもわかるくらい、ニヤリとした悪どい笑みに違いない。
俺はクルリと来た廊下をユーターンする。中庭は先ほど探したばかりだったのだけれど、まさか松の裏に隠れていたとは…。
「今日の分の書類、きちんと上げて貰うからな!」
聞いてわかる通り、俺の雑務には脱走癖のある政宗を捕まえて書類や執務をさせる事も含まれている。
足早に廊下を歩き、中庭に面した場所に行くと俺は庭に向かって仁王立ちしてから大きく息を吸い込んだ。
「おい政宗、いるのはわかってんだぞ!出て来い!」
中庭ももれなく白い雪の加護を受け、一面が真っ白になっている。大きな庭石や木々がギリギリ残っている以外は最早、まっ平らな平面だ。
そこにできた窪み、人の足跡。まさかこんな寒い中庭に身を隠すとは思わなかった俺は、ため息交じりに中庭へと降りる。ギュムという雪を踏みつける音が足の裏を通して鼓膜に入る。
「見つけたぞ、政宗。今日も俺の勝ちだな。」
「Shit!一度通り過ぎたくせに戻って来やがって…!」
松の裏に隠れていた政宗に声を掛ければ、心底悔しそうな顔で舌打ちする。
「文句があるならこのルールを承諾した自分に言うんだな。ほら、さっさと執務室に戻れ。」
ルールというのは、あまりに脱走ばかりを繰り返す政宗に俺が痺れを切らせて提案したものだ。その内容は至って簡単、政宗が朝の鍛錬後から朝餉の時間まで俺に見つからなければその日一日の仕事をしなくていい。
それが小十郎に知られた時はそれこそかなりの勢いで怒られたが、俺が勝利を収めていくにつれ小十郎も理解を示してくれた。そしてこれは伊達軍での朝の日常の一コマになっている。
「これで三十連勝、俺の勝ちな。」
雪の中に潜んでいた政宗を引きずり出して執務室に連れ込んだ俺はまず、払ってもまだ残っていた雪で濡れる政宗の頭を手拭いで拭いていた。お互いに膝を突き合わせるようにして座り、ジッとする政宗の髪を乾かすように手拭いを動かす。
挑戦的に笑い掛ければガシガシと動き回る手拭いの間から政宗の目がこちらを睨みつける。
「次は負けねぇ。」
小さく頬を膨らます政宗はどこか子供じみている。それでも俺の手を振り払わずにされるがままになっている辺り、政宗もこのゲームが楽しいのだろう。
俺も正直、雪のせいで城内に引きこもる生活には飽きていたし、このゲームはお互いにプラスなのだ。
けれど。
俺は大体水気の取れた政宗の髪にじかに触れて感触を確かめると手拭いを畳む。
「気合い入れるのはいいけどさ、雪の中はやめろよ。風邪ひくぞ。」
まさかそれが原因で風邪をひきました…なんて事になったら小十郎にたたき切られてしまう。それだけは勘弁願いたい。
その一念で口を開けば政宗はへぇと小さく呟いてから、素早く体を捩じりながら寝転んだ。俺の膝の上に頭を乗せて猫のように僅かつり上がった金色の瞳でこちらを見上げる。
「心配か?」
「ヤンチャな主の体調を心配するのも家臣の役目…だろ?」
俺の言葉に政宗は満足そうに笑いながら右腕を伸ばし、俺の頬を触る。刀を扱う男の手は皮膚が硬くなっているが、不思議と節張っていない上、透明なイメージを抱かせる程白い。
その指は俺の頬の輪郭をなぞり、よしよしと犬を褒めるように動かされる。
「OK,good boy.」(good boy=良い子だ)
「…ん。」
褒めて欲しいなんて酔った勢いで言った我儘を、政宗は今も律儀に覚えていてくれるらしく、事ある毎に俺を褒めてくれる。それはどこか軽いものであったけれど、こまめに与えられるその言葉に俺はどこか満たされたような気分になるのだ。
「Ha,随分素直になったな。」
このひと月、政宗と接する内にこういうスキンシップに大分慣れてきた。こっちが恥ずかしがったり抵抗すると、政宗が調子に乗るので無抵抗を覚えたのは割と直ぐだった気がする。
膝の上でゴロゴロする大きな猫は、いや政宗は黒豹とかの猛獣に近いんだろうが…とても上機嫌なようだ。

