圧巻、そう思っている俺の腕を無理矢理引っ張ったのは徳利を片付けていたはずの成実だ。
「ほらほら、主役は一番奥!」
「馬鹿野郎!上座は政宗様に決まってんだろうが。」
 軽い足取りで俺を奥へと案内しようとする成実に一喝したのは勿論小十郎だ。しかし酒の入った成実にはその怒声もただのBGMに過ぎないらしく、軽い足取りで広間の奥へ奥へと進んでいく。だがそこに大きな誤算が生じている事に気付く者は俺以外に誰一人としていないらしい。
「Hey,どうしても上座が良いなら俺の膝の上になるぞ?」
 嫌ならどけ、と付け加えながら政宗が俺と成実の後に続いて入ってくるが、正直俺の意思でそっちに行ってる訳じゃ無いのにそんな事を言われても…。というか、あんなに観察眼に長けているはずの政宗が俺の言う誤算について全く気付いていないなんて。
 俺はどうしたもんかと首を捻る。勿論その間も成実は俺の事などお構い無しに俺を部屋の奥へと引きずっている訳なんだけど。
 空腹で酒が入った挙句にこんなにシェイクされたら…酔いが回るのが早くなりそうだ。
「さ、皆さんも早く入ってください。」
 鬼庭さんが廊下で団子状態になっているであろう伊達軍の面々へと声をかけながら部屋に入り、それに続いて小十郎。その後を続くようにチラホラと他のメンバーが入ってくるあたりで俺は漸く自由の身になった。成実がギュッとつかんでいたはずの俺の腕をあっさりと手放したのだ。俺はその勢いのまま成実の示した場所にペタンと座り込む。多分、部屋を見渡せる一番奥の席だから政宗用の席なんだと思うんだけど、目の前の酔っ払いにはそういう道理も何もかも通じそうも無い。
「はいはいココ座って座って。何飲む?お酒とお酒とお酒があるけど。」
 全部酒だろうが。突っ込みを入れる前に、俺の後を追いかけるような足音と、スパンという景気の良い音。何があったのかとぼんやりしながら成実を見ると、成実は何故か突然後ろ向きにぶっ倒れていて、その隣には紙を折りたたんだようなものが落ちている。一体何かと思って拾ってそれを開くと、それは帳面のようなものだった。
 帳面、と気付いて恐る恐る俺の後ろを見ると、そこにはイラついた顔をした小十郎の姿とそのちょっと後ろで笑みを浮かべる鬼庭さんの姿。そこから離れたところでやれやれと肩を竦める政宗は、我関せずといった具合だ。
 多分鬼庭さんがこの帳面を折りたたんだものを投げて成実を倒したんだろうな。風を使える人だから、物凄い勢いで吹き飛ばしたに違いない。その証拠に、成実のこめかみ辺りには何かがぶつかったような赤い跡がついていた。
 そう状況を整理していると小十郎は俺の首根っこを掴んで政宗の席からちょっと離れた…といっても大分奥側だからやっぱり偉い人が座るべきなんじゃないだろうかという場所へと俺を追いやる。
「成実、お酒を飲むのも良いですが、迷惑はダメですよ、迷惑は。」
 言いながら未だに倒れている成実の隣にしゃがみ込む鬼庭さん。小十郎はすぐさま、俺が座ったせいで若干皺になった座布団を軽く叩いて伸ばしている。
 似てるところが無いと思っていた二人だけど、どうやら共通点が見つかった。…この二人、キレるスピードが異様に速く、その制裁も早い。
 小十郎だけじゃなくて、鬼庭さんに対しての言動も少し気をつけた方が良いかもしれないな。
「Ah…成実も鬼庭もいつも通り元気だな。」
 そんな様子を見ながら一歩遅くこっちへやってきた政宗。他の奴らもワラワラと適当に膳の前へと座り始めている。これだけ沢山の人がいるのは、ここにきて最初の頃、集会場で伊達軍の全員と手合わせをやった時ぶりじゃないだろうか。
 あの時の俺は、この体躯のせいで大分なめられていた記憶がある。現に俺なんかじゃ話しにならないだとか女みたいだとか色々言われ放題だったが。それと比べると今の俺へ向けられた視線は大分変わっている。この間の最北端の一揆鎮圧を成し遂げた事もあるんだろうが、ここはあくまで宴の席でしかないから戦の事は頭から追い出すはずだ。じゃあ何が伊達軍の奴らの視線を違うものへと変化させているのか。
 服、だ。
 政宗が俺に用意してくれた服。洋服を基に作ってるから珍しいというのもあるんだろうが、素人の俺でもわかるこの上質な材質や、質素な柄ながらも豪華な糸を使った刺繍に目がいくに違いない。政宗の戦略は成功したって事だろう。
 宴の席はすぐに埋まった。全員が政宗の方へと視線をやって、宴の始まりを今か今かと待ちわびている。それに気付いた政宗は自分の杯を手に取った。それを見てすかさず小十郎が酒を注ぐ。
 並々と注がれた杯を手にすると政宗はその場に立ち上がった。
「皆はもうわかっているだろうが…今日の宴は、一揆鎮圧及び畠山氏の討伐の祝勝会、それに新しく入ったの歓迎の為だ。それだけ胆に命じておけば、あとは無礼講だぜ!Are you ready guys!?」
「「「YEAR!!!」」」
 高々と政宗が杯を掲げると同時に、大地を揺らさんばかりの大声が返答を返し、伊達軍の面々が一気に杯を掲げた。そして全員が揃って杯を一気にあける。倒れていたはずの成実もちゃっかり参加しているし、鬼庭さんや小十郎までいつの間にか手に杯を持っていた。
 やっぱり俺も杯を持つべきなんだろうか。そう思って慌てて杯に手を伸ばそうとする時、それは起こった。
「…ぁ、れ?」
 杯に向かった俺の手が軽く空を切る。遠近感だけが異様にぶれてしまったようなその感覚に俺はハァと一つため息を吐いた。
 政宗も誰も気付いていない大きな誤算、それは俺が完璧に酔っているという事だ。…たかが酒程度、なんて侮ってはいけない。