「おー!良い飲みっぷり!」
 成実が囃し立てる中、俺はその杯の中身を一気に喉へと流し込む。チューハイとか度数の少ないものは何度か飲んだ事があったけれど、こんなに度数の高いものを口にした事の無い俺はその匂いと独特の味に噎せてしまいそうだった。消毒薬とちょっと似た匂いが一気に鼻一杯に広がって、酒が通った後をぬるま湯のような温かさと僅かな痺れのようなものがゆっくりと支配する。
 飲み込んだ後もそれは続いていて、胃の中に至ってはカッと熱くなってしまっている。空きっ腹にアルコールを入れた事もあって、俺はその一杯で酔っ払ったようなそんな気分になっていた。
「ッ、ケホ…ご馳走様でした。」
 俺が杯を返せば鬼庭さんはニコリと笑みを浮かべてから、満足したように成実の隣へと座り直した。どうやら地獄絵図は回避したらしいと安堵してから、自分だけ逃げた政宗へと瞳を向けた。しかし政宗は悪びれた様子も無く、ヒュゥと小さく口笛を吹いてみせる。
「So good!礼儀がわかってるじゃねぇか。勧められた酒を断るなんざ、粋じゃねぇからな。」
 粋か否かはどうでもいい。俺が問題としてるのは鬼庭さんが絡み酒だと知っていて逃げた事だ。半端なく恐かったんだぞ、鬼庭さんの目が見開かれたあの瞬間は!そう詰め寄ろうとした時だ、廊下の向こう、伊達軍の面々が団子のようになっている向こう側から知った声が通ってきた。
「お前らそんな所で突っ立ってんじゃねぇ、邪魔だろうが。」
 一喝されて団子状態だった人の塊がバラバラと形を崩し、モーゼの十戒の如く廊下の両脇に避けていく。モーゼの十戒というよりは極道映画の『おかえりなさいやせ!!』みたいなそんな風景に酷似しているその様子と、それにピッタリな風貌の小十郎に、俺は小さく吹き出すように笑った。
 小十郎は一直線にこちらへ向かうと、まずは廊下に座っている成実を一喝して空いた徳利を片付けるようにと的確な指示を出す。そして次に鬼庭さんへと向かうが…小十郎だって鬼庭さんが絡み酒だというのは理解しているはずだろうけど、恐くないんだろうか。
 鬼庭さんは目の前に座った小十郎にそりゃもう嬉しそうに笑みを浮かべて…今回は間違いなく笑顔だろう…そしてそのまま杯を差し出した。
「景綱もいかがですか?美味しいですよ。」
「宴が始まる前から杯を傾けるのは宜しくないかと。」
 直接的では無いけれどあからさまな拒絶。しかしその言葉にも鬼庭さんはフワフワとした笑みを浮かべるだけだ。さっきの俺が酒を渋った時とは比べ物にならない扱いの違いに、俺は目を丸くする。
 小十郎はやっぱり伊達軍の中で一番強いポジションにいるのかもしれない。そう思っていると、鬼庭さんがその杯の中身を一気に飲み干してから駄々を捏ねるように首を横へと振った。まるで子供のようなその仕草に、俺はますます目を丸くした。
 俺相手の時とはまるで別人だけど、この二人は特別仲が良いんだろうか?そんな事を考えていると、鬼庭さんは俺の方へとチラリと視線をやってから恨みがましく小十郎を見据える。
さんは私の杯を受けてくださいましたよ?それなのに弟が拒絶するなんて、そんな寂しい事を…。」
 弟?誰が、誰の?
 会話の前後関係的に、鬼庭さんの弟が小十郎っぽいけど、それは絶対に無いだろう。何せこの二人は顔つきも雰囲気も体格も似ていない。小十郎ががっちりした厳ついタイプなら、鬼庭さんはほんわかした癒し系だ。体躯だって鬼庭さんは俺に近く、小十郎と比べたら痩せ気味に見えるくらいだし。
 きっと聞き違いなんだろうと思っていると、小十郎がハァと大げさにため息を吐いた。
「弟だから窘めるんです。どうぞ、ご自重下さい。」
「仕方ありませんね、続きはまた宴でという事で。」
 渋々と杯を床に置く鬼庭さん。俺がぼんやりしていたうちに、またしても爆弾発言が飛んできた気がする。確か小十郎は弟だからと言った気がするんだけど、気のせいだろうか?いや、気のせいじゃ無い。
 あまりの驚きにマジマジと二人を見比べているとその視線に気付いたのか鬼庭さんが首を傾げて見せた。
「おや、さんにはまだお話していませんでしたか?私と景綱は兄弟なんですよ。」
「でも似てな過ぎるから全然わからないよなー。俺は未だに納得できてないぜ?」
 この強面と柔和な顔の違い見てみろよ!って成実が徳利を片付けている最中ながら茶々を入れてくる。小十郎はそんな成実に早く片付けろと小さく唸るように声をかけていたが、暖簾に腕押しというか、効果は見られない。
 とはいえ成実のいう通りなので、俺は素直にその言葉に頷いて見せた。小十郎はそんな俺に文句でもあるのかと言わんばかりに睨みつけてくる。冗談抜きで恐いが、さっきの鬼庭さんの開眼の恐怖には敵わない。
「だって、本当に似てないからさ。」
 何をどうやったらこの二人が兄弟になるんだ。従兄弟同士の政宗と成実の方がよっぽどか似ているって言うのに。遺伝子の神秘って凄い。
 そう考えていると、小十郎が重たい口を開く。わざわざ説明するのも面倒だという顔をしていたが、どうやらこのまま放っておく事の方が面倒だと割り切ったらしい。
「俺と鬼庭殿は義兄弟だ。似てないのは当然だろう。」
 義兄弟って事は血が繋がってないって事か。歴史の人物とかを覚える時に大分苦労した記憶があるけど、戦国時代って結構血脈とかややこしかったりする。どうやらこの世界でもそれはあるらしい。
 とりあえずこの二人が似ていない理由がわかってスッキリした。
「納得したんならとっとと部屋に入れ。お前らのせいで後ろの奴等が入れねぇだろうが。」
 呆れ顔の政宗に言われて部屋の方を見てみると、いつの間に準備が済んだのか、広間にズラリと膳や徳利が並べられていた。なんと言うか、凄い量だ。