政宗が俺という人間をこんなにもかってくれたのは、ひとえに菫という暗殺者の能力の高さだ。それなのに、仕事をしていない今の俺にもその菫と同じ評価を当てはめられてしまうと、申し訳ないと言うか何と言うか。
 そんな事を考えていると、突然額に小さな痛みが走る。慌てて我に返ると、政宗がにやりと不敵な笑みを浮かべて俺の額をノックするように軽く叩いた。
 どうやら痛みの原因はそれらしい。
「辛気臭ぇ面すんなよ。…安心しな、良く似合ってるぜ。」
 別に俺は服が似合うか否かで悩んでいた訳じゃ無い。とはいえ、政宗の安心しろって言葉は、萎縮している俺の心の中を読んだみたいに的確に響いてく。
 当人にはそのつもりは無かったんだろうけど、菫じゃ無い俺にも、これを着るだけの何かがあるって思わせてくれるような、そんな力強さ。
 俺は小さく笑みを浮かべてから、政宗の言葉に頷いた。
「サンキュ。」
「まぁ、俺の見立てだから当然だな。…さて、着替えも済んだし、一足先にparty会場に行こうぜ。」
 誘い口調だったが、政宗の手はがっしりと俺の腕をつかんでいて有無を言わせない状態だ。とはいえ、さっきそのパーティーの準備の為に火を噴く勢いで料理を作ったりしている女中さん達を見ていると、それは悪い気がしてしまう。
「準備の邪魔になるんじゃないのか?」
「Ha,細かい事は気にすんな、男が廃るぜ?」
 細かくねぇよ。突っ込みを入れるよりも早く、政宗が俺の腕をグイと力強く引っ張った。そのまま俺は廊下へと引きずり出されてしまう。これじゃあ宴の主賓と言うよりも荷物だ、荷物。
 ズルズルと半ば引きずられるように歩いていると、途中で女中さんとか他の伊達軍の面々が通り過ぎる。その度に小さく笑われて物凄く恥ずかしくなり、俺は自力で歩く事にした。
 腕は掴まれたままで、何だか連行されてる犯罪者みたいだけど、まぁ引きずられるよりは多少恥ずかしさも少ないはずだ。
 そんな状態で宴の催される大広間へと案内され、俺はそこで繰り広げられている光景に目を見張った。確かまだ宴会は始まっていないにも拘らず…何なんだこれは。
 呆気にとられている俺に気付かずに、広間の前の庭に面した廊下に座り込んで酒を飲み交わしている成実と鬼庭さんに向かって政宗が声をかける。
「Hey,またprematureか、お前らは。」(premature=早まる、先走る)
 半分呆れながらの言葉だったが、呆れるどころの騒ぎではない。
 廊下に座って酒を酌み交わす成実と鬼庭さんの周りには、ズラーッと空っぽになったんだろう徳利が並べられている。その向こうにはお酒の入った大きな陶器製のツボまで用意されている。ここからではあまり良く見えないが、口の部分から中が見えないという事は、半分以上は空けてしまっているんだろう。
 尋常じゃ無いその酒の消費量と、それらを二人で飲んでしまったにも拘らず平然とした様子の当人達に、俺はただただ呆然とするしかなかった。
「だってさぁ、この酒美味いんだから仕方ないじゃん。」
「そうですよ。このように美味しいお酒を目の前にしては幾ら小生でも我慢が効きません。」
 二人して顔を見合わせて、子供のようにねー?っと言い合ってから酒を注ぎ合う大の大人。見た目は素面だけれど、どうやらそれなりには出来上がっているらしい。俺はそんな二人をまじまじと見つめてから政宗へと視線をやった。
「…いつもこうなのか?」
 俺の問い掛けに政宗は何を当たり前の事を、と言わんばかりに軽く応の返事を返した。女中さん達も慣れているのか二人が飲む用のお酒をあらかじめ用意しているらしく、二人へお酒を渡して空いた徳利を片付ける係りと、広間の中へ料理屋お酒を運び入れる係りに分かれている。
 せっせと動く女中さん達の統率の取れた動きは見ていて気持ちが良くなるくらいだ。その機敏さに感心しながら女中さんの往来を見ていると、その向こう、廊下の曲がり角からこちらを見ている伊達軍の面々と視線が合う。どうやらそろそろ始まるからと皆が来ているらしいが、どういう訳かその曲がり角からこっそりと首を伸ばしてこちらを覗くだけで、一向にこちらへと来る様子が無い。一体どうしたのかと思っていると、のんびりと成実と杯を酌み交わしていたはずの鬼庭さんが立ち上がった。
「さ、さんも如何です?」
 並々と日本酒が注がれた杯をズイと目の前に差し出され、俺はどうしたもんかと政宗を見る。一応俺が主賓らしいし、そんな俺が宴も始まっていないのに酒を飲んでしまうのはいけないような気がする。だが俺の無言の問い掛けに政宗は苦笑いを浮かべてから、一歩後ずさった。
 ん…?後ずさった?
 何でだと思う間も無く、俺の目の前で柔らかな笑みを浮かべていた鬼庭さんの目がギラリと光る。
「小生の酒は飲めませんか?飲めない訳がありませんよね?ねぇ?」
 矢継ぎ早に言う鬼庭さんの目は細められている。てっきり笑っているせいだと思っていたのだが、どうやら酒のせいで目が据わっているらしい。元々細い一重だったからその微妙な変化に俺は気付けなかった。
 政宗が後ずさったのはこれを知っていたからか。…もしかしてあそこでこっちの様子を見ている伊達軍の面々も、これが恐くてこっちに来れないんじゃないか?そう考えていると、一瞬、ほんの一瞬だけ鬼庭さんの目がカッと開かれた。
「さ、どうぞ、遠慮なさらず。」
 口調はいつも通りのやんわりとしたものだったけれど、その一瞬に見えた顔は鬼も裸足で逃げ出すようなものだった…とだけ言っておこう。
「ぃ、イたダキます。」
 片言になりながら杯を受け取るも、俺は飲酒経験は殆ど無い。とはいえここでこの杯を口をつけずに返したりしようもんなら、地獄を見る。確実な未来予想図に俺は僅かに身震いをして、意を決した。