狩られる。何故かわからないけれど、本能的にそう感じた。今の俺なら狐に捕まる寸前の兎の気持ちが理解できるかもしれない。
どうなる?また恐怖の検分か?嫌な汗がじわじわと額に滲んでくるのがわかる。そんな俺を見ていた小十郎が、ため息混じりに声をかけてきた。
「すみません政宗様、小十郎めが、手伝ってくれるよう頼んだのです。」
天の助け!俺は小十郎の言葉に、そりゃもう首がもげるんじゃないかって程勢い良く頷いてみせた。その言葉に政宗がつまらないと言うように唇を尖らせる。諦めてくれたんだろうか、絶対ではないにしろ危険が大分遠のいた事に俺は安堵の息を吐いた。
「ふーん、じゃあ仕方ねぇか。折角良い口実ができたと思ったのによ。」
心底悔しそうに政宗がそう言ってくるが、小十郎という強大な後ろ盾がある今、恐ろしいものなんて無い。白菜へ再び包丁を向けると俺はリズム良く白菜を切り出す。その音に、悔しがる政宗の唸り声が重なって何だか愉快だ。
そんな中、小十郎が口実とは一体なんだったのかと政宗に向かって問い掛けた。
「こいつの体のつくりが気になってな。」
「またその様な事を…紛らわしい事はおやめ下さいませ。」
あっさりと切り捨てる小十郎が、今の俺には神々しくすら感じられる。白菜の切り方が遅いとからかわれたのも、あっという間に水に流せるくらいだ。
見えるんだったらきっと今、俺の中の小十郎への好感度ゲージが急上昇したんだろう、そんな瞬間も束の間。
「二人きりでやるから妙な勘繰りを受けるのです。次は他の者も混ぜておやり下さい。」
信じられない言葉が飛び込んできた。まさかの展開に俺は思わず包丁を落としそうになる。刃物の扱いなら大分慣れてる、この俺が、だ。
小十郎が許可するような言葉を紡いだ途端、俺の背中に嫌な汗が流れていくのがわかった。白菜からゆっくりと政宗へと視線をやると、期待にキラキラと…いやむしろギラギラと輝く目で俺を見据えている。
「OK!じゃあ今度、」
「やる訳ねぇだろ!」
にべもなく言葉尻を叩き潰すが、政宗は全く気にしていない様子だ。それどころかそんな俺のリアクションに逆に活き活きし始める。
そして一歩、俺の方へと政宗が迫ってくる。絶体絶命のピンチ、そう思った時だ。
「まさかとは思いますが…宴でもないというのに、食べ物のある場所で埃を立てるような事はしないでしょうな?」
政宗から白菜へと視線を移動させながら小十郎が問い掛けてくる。その声はとても穏やかで、白菜に向けているその視線はどこか柔和。菩薩にすら見紛うばかりのその表情とは裏腹に、声は脅しを含むドスの効いたものだった。
それに政宗はビクリと体の動きを強張らせ、被害者であるはずの俺までもが思わず姿勢を正してしまう。
「もしその様な事をされては、この小十郎、緒が切れるやもしれませぬゆえ…。」
その緒ってのが何の緒なのか、すぐに見当がついた。間違いなく堪忍袋のそれだろう。政宗もそれを理解したのか俺を狙っていた視線から急激に力を失って行く。
小十郎ってもしかしたら伊達軍の中で最強なのかも知れないな…そう思いながら俺は漸く与えられた平穏にホッと安堵の息を吐いたのだった。

