それから暫く後、俺と小十郎は台所の一角と包丁とまな板を借り、野菜を切っていた。ただ野菜を切るくらいなら誰だってできるし、俺だって出来る。そう思うのが普通だろうが、伊達軍全員に行き渡るほどの量を切るのなら話しは別だ。
「一口大の大きさに切るとか、もう面倒。いいじゃん、いっそ白菜丸ごと口に入れろよ。」
我慢を知らないゆとり教育の賜物だろうか、俺はいい加減飽きていた。切っても切っても先が見えないというこの現状が嫌になる。これでもし目の前の白菜の山に変化があるなら話しは別なんだけどな。
そんな俺を咎めるように突き刺す小十郎の視線。それでも白菜を切る手が止まらないのが凄いところだ。
「無駄口叩けるんなら手ぇ動かせ、手ぇ。」
どこぞの浅井さんみたいな事を言いながら、小十郎は白菜を手に取り、目にも留まらぬ速さで切っていく。包丁が通過するスピードが凄まじく早いにも拘らず、まな板が無傷でいられるのは最早神業だ。
それに引き換え俺ときたら。そりゃ、自炊も若干は出来るし、なによりナイフの使い方なら慣れてるから、包丁のリズムはストンストンと軽やかだ。そん所そこらの女子高生より料理は出来る方だと信じている。とはいえそれはあくまで一般人のレベルに過ぎない。
「このままじゃ明日になっても終わらなそうだな。」
そんな俺をからかうように小十郎がそう紡ぐので、俺はむっと唇を尖らせた。ここはちょっと本気を出して見返してやろうと思い、俺は包丁を握り締める。とは言えど、本気を出してこれなのだから始末に終えない。
どうしたものかと考えている俺の頭を、フッと良い案が過ぎった。
きっと俺は悪戯を思いついた子供のような顔をしていたに違いない。俺を見ていた小十郎の顔が怪訝なものへと変化している。しかしそれもすぐに感心の表情に変えてやると俺は息巻いて白菜を手に取り、それを俺の顔くらいの高さまで放り投げた。
「神烈っ!」
謙信のあの素早い乱れ切りを白菜に向かって出せば、あっという間に丸ごとだった白菜が切り刻まれていく。そしてまな板にそれらが着地する頃には、全てが一口大の大きさになっていた。勿論、白菜が凍らないように氷の特殊効果が発動しないように抑えてあるから、抜かりは無い。
どんなもんだと小十郎を自慢げに見返してやると、ゴツンと拳骨をお見舞いされた。
「痛っ!」
「食い物で遊ぶんじゃねぇ。」
下らない事してないで真面目にやれと付け加えると、小十郎は再び白菜に向き直った。でもそういってる小十郎の手つきだって、正直食べ物に向けるべきものじゃ無いと思う。何なんだよこのスピード。さっきの俺の神斬より若干遅いかな?ってレベルじゃないか。
まな板か?まな板に置かないで切ったのがダメだったのか?
何だか理不尽だ、そう思いながらまたストンストンやり始めたそんな時だった。
「Hey、何やってるんだ二人して。」
目の前の白菜を如何に早く切るかに夢中になっていた俺達の背に突然かかった声。小十郎は包丁をピタリと止めると声の主、政宗へと視線を向け、小さく頭を下げる。
「今宵の宴用にと野菜を切っていたところにございます」。
平伏って言葉は正に今の小十郎の為にあるんじゃないだろうか。先程俺を殴った時のくだけた感じは一片たりとも見せる事の無い、きっちりとした所作だ。俺と軽口を言い合っていた奴と同一人物だなんて、信じられないくらいだ。
政宗は小十郎の言葉にわざとらしいため息を吐いてから俺と小十郎へ視線をやる。
「どうやら俺の部下はBreakも出来ない奴らばかりだな。」(Break:休憩)
ジロリ、小十郎を睨みつける金色の瞳。しかし小十郎はそれがどうしたというように小さく笑ってから口を開いた。
「臣下は主に似るのが常でございますれば、斯様になるのも致し方ない事かと。」
難しい言い回しでちょっと理解するのが遅れたけれど、つまり小十郎は遠まわしに、人の事が言えないだろうと言い返したのだ。日頃振り回されているだけあって、その言葉は説得力に溢れている。
包丁をストンストンとやりながら二人の会話を聞いていると、政宗が俺の名前を呼んだ。
「、てめぇは一度ならず二度までも…。相当俺に構ってほしいらしいな。」
白菜に視線を向けていたにも関わらず、俺の目には一瞬、あのニヤリとした政宗の笑みが見えたようなそんな気がした。クツクツと聞こえる喉で笑うような声に恐る恐る視線をそちらへ向ければ、想像通りの底意地の悪い笑みを浮かべた政宗と目がバッチリ合ってしまう。

