本当は俺が先に終わって手伝うはずだったのに、と小さく愚痴っていると、それが聞こえたらしく小十郎がクッと喉の奥で笑ってから手早く大根を擦る。手馴れたその手つきには、到底敵いそうもなさそうだ。
不満は若干あるものの、そもそも野菜を極めた小十郎に勝てると思っていた事が間違いだったに違いないと諦め、俺は最後の一本に手を伸ばす。漸くこれで終わるのだとホッとしながら大根を洗っていると、小十郎が突然に口を開いた。
「さっきはすまなかったな。」
さっき?果たして何があっただろうか。咄嗟にそう思ってから、漸くさっきの気まずい雰囲気を思い出す。
「別に謝るほどのものじゃ無いって。」
価値観の違いってやつだし、そこまで気にしていないと付け加えれば、だからこそだと逆に返されてしまった。
「育つ環境が違っているんだという事を忘れていた。まして、お前の感覚を頭ごなしに否定できるほど、俺はできた野郎じゃねぇ。…ただ、な。」
小十郎は一拍区切ると俺へと視線を…いや、これは視線なんかじゃなくて殺気と言っても良いような力強いそれを俺へと向けた。ゾクリと俺の背中を恐怖が伝っていく。それは尾てい骨にまで辿り着くと同時に、他の感覚へと変わり始めた。
口の端がゆるりと持ち上がるのが良くわかる。俺は小十郎の殺気に当てられて酷く興奮しているようだ。こんなに強い殺気を出す相手と戦えたらどんなに楽しいんだろうか、想像するだけで体がブルリと震えるのがわかった。
「何を切り捨てようが、何を手にしようがお前の自由だ。だが、もし政宗様を裏切るような真似をしたら、俺は容赦なくてめぇを切る。それだけは良く覚えておけ。」
ズシリと腹に来る圧力。これが十年の経験値、生と死がしのぎを削る中で生き抜いてきた人間の力なんだろう。
知らずの内に渇いた口内。カサついた唇を舌で潤そうとするけれど、その舌すら乾燥している。
「優しいんだな。」
渇いた唇でそう紡ぐと、予想外だったのか殺気を出すのをピタリと止めて小十郎がまじまじと俺を見つめる。そして、呆れたと言うように大きなため息を一つ、これ見よがしに吐いて見せた。
「俺はお前を切るって言ったんだぞ?もう少し危機感を持ったらどうだ。」
馬鹿だと言いたげな、いや、実際に言葉にしてなくても表情は如実に俺を馬鹿だと形容しているように見える。その表情のまま小十郎は再びため息を吐く。
「何をどうすればそれが優しいになるってんだ、ったく。」
これも育ちの違いって奴か、と冗談と本気が半分ずつぐらいの声で小十郎が問い掛けてきたから、多分そうだと思うと返した。
「だってさ、そういう忠告をしたって事は裏切る要素を俺に見出したって事だろ?そんな奴に丁寧に注意なんて普通しないんじゃないのか?」
平和な世の中で育ったとは言えど、腐っても暗殺業の出身だ。そういう裏切りに手を染めそうだと判断された奴を殺す業務は良くやっていた。しかもその裏切りそうな奴の基準って言うのは、依頼内容を見るに『勘』って奴が殆どだったのだから驚く。なんとなく裏切りそうだって理由だけで人は人を殺せるのだ。
でもまぁ、その『勘』は十中八九当たっていたし、何より集団や組織を形成する時に、その様な不安要素は切り捨てるに限る。とするとそういう判断は正しいのだ。
そんな事を考えていると、どこか阿呆を見るような目つきだった小十郎の顔が、真剣なものへと変わった。
「お前、一体どっちが本性なんだ?さっきの馬鹿面か?…それとも、今の顔なのか?」
問い掛ける声は真剣そのものだったけれど、生憎俺は今もさっきも、ずっと大差ない顔をしていたつもりだったからその問いに答える事は出来なかった。
「わかんないや、悪いな。」
言いながら、洗い終わった大根を差し出す。それを受け取っても尚、小十郎は俺を見据えたままだった。
俺を見極めようとしているのだろうか。もしわかるようだったら教えて欲しいと思った。何せ、俺自身が自分という物をよくわかっていないのだから。
「…でも、安心した。」
俺の言葉に、全て洗い終わった野菜達を綺麗にざるにつめなおしている小十郎の手が止まった。前置きも何も無い言葉だったから一体何を話しているのかと疑問に思っているのだろう。問い掛けられる前に俺は再び口を開く。
「小十郎みたいな忠臣がいるなら、政宗も安心して無茶できるなぁって思ってさ。」
これだけ忠誠心の厚い人間が傍にいるんだ。ゲームでの弾けっぷりも、こういう人の後ろ盾があってこそなんだと頷ける。
本来ならそこまで主に信頼されてるなんて喜ばしい事であるはずなのだけれど、政宗を四六時中心配している小十郎からすると、どうやら俺の言葉は嫌な言葉だったらしく、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
ここでもし、さっき俺がその無茶を勧める様な発言を政宗にしていたのだと知られたら、物凄く恐ろしい目に合わされるんじゃないだろうか。俺は本能的にそう察知すると、口を噤んだ。

