10.
自分の部屋に行っても何もやる事のない俺としては、暇な訳だ。かといって部屋を出てもしも万が一政宗に見つかったら、有無を言わさず脱がされるだろう。それだけは本当に勘弁して欲しい。
結果、部屋から出る訳にもいかずにダラダラしていたら、いつの間にか日が暮れていた。夕方も過ぎた夕闇…宵の口という表現を使うべきだろうか。夜がゆっくりと空を侵食する時間帯。
「良く寝た…。」
まだまだ睡魔から完全に離脱していない俺は、寝ぼけながらも服を適当に直して廊下へと出た。いつきの所は雪が沢山降っていて寒かったけれど、ここは雪が積もっていない。でもその方が逆に夜空に温度という温度を全て吸い取られてしまったかのような、切り刻まれるような寒さがある。
その寒さに身震いしながら俺は周りの温度を僅かに上げる。炎の特殊技の扱いはこの数日で随分と慣れたもんだ。
そう思いながら向かう先は厠、即ちトイレだ。と言ってもこの時代、水洗トイレなんて便利なものは存在していない。現代でも田舎や下水の完備されていない所では汲み取り式らしいが、俺は首都に住んでいたしそういうのとは縁の無い暮らしをしていた。
だからあの、下に落ちたら生きて帰って来れなそうな便所は恐怖の対象だ。いや、実際に落ちたら助からないだろうし、例え誰かが助けてくれたとしても多大なトラウマが残るだろう。ましてこの時代、便利に電気とかがある訳も無いので、薄暗い中のトイレは本当に恐い。
光の特殊能力を使って天井の一部を光らせる事でその暗さからの恐怖から脱する事はできるにしろ、やはり恐いものは恐いのだ。
それでも行かなきゃ行けないのは、やっぱり生理現象ですからー。と、気分が急降下するのを防ぐように頭の中で軽口を叩くが、大して変わらない。
それでも一番最初に対峙した時に比べれば、大分恐怖も抜けてきた。やはり一日に何回も見るからだろう。きっとこうやって俺は戦国時代に慣れていくんだろうな。としみじみ思いながら用事を済ませ、厠のすぐ横にある水瓶へと向かう。勿論水道もないから、手を洗うのはこの水瓶の水を柄杓ですくって使うのだ。
柄杓を片手に水面を見て、俺はふと違和感を覚えた。そこに映るのは俺の顔なのに何かが違う。よくよく目を凝らして、俺はその正体に気付いた。
「髪…。」
小中高と先生方からは大分悪い意味で意識されていた金髪だったが、自分の灰青の瞳とも色合わせが良いから、先生に何を言われようが黒に染めたりなんかしなかった。早い話、気に入っていたのだ。
その自慢の金髪の色が、僅かに白っぽくなっていた。気のせいかと思って再度目を凝らすが、同じだ。良く見よう、そう思って光の特殊効果を自分の拳へと集中させる。手が光を放つ異様な光景になっていたが、そんな事は気にも止まらない事実に俺は驚き、暫しそのままの状態で硬直した。
元々プラチナブロンドに近いくすんだ金髪だったから普通の金髪に比べて白いのだけれど、輪をかけて白っぽくなっている。
「どうなってるんだ?」
この世界へ理由もわからず来てしまった時点で正常である事なんてこれっぽっちも期待してない。していないけれど、髪の色が変わるって、どういう事なんだ?そんな疑問が頭を一気に占拠した。
特殊能力が使えるようになってたり、体力が飛躍的に伸びているのは、自分が異世界の人間だから、この世界に合わせてパラメータや特殊技を付与した際に『普通』という枠を突き抜けてしまったのだろうという推測ができる。でも、何で髪が?
一体どうしてだと悩んでいたが一向に何もわからず、結局それは夜見たからだと強引に結論付けて手を洗う作業を再開する。とはいえ暗い中とはいえど俺は光の特殊能力を使っていたはずで…。
光の特殊能力にもきっと、限界があるに違いない。この異常を認めたくない俺は小さくそう呟いた。その時に、柄杓でできた水の波紋に歪みながらも尚映し出される自分の姿から目を背けたのは、内緒だ。
廊下を通って自分の部屋に帰る最中、小十郎とばったり出くわした。その片腕には大きめの籠が抱えられており、その中にはギッシリと白菜と大根が入っている。もう片手には行灯みたいなものがあったが、俺の視線は一直線に野菜へと向かった。
これはまさか小十郎手製の野菜か!調理前の姿は初めて見たけど、取れたて新鮮って感じの艶とかみずみずしさは、スーパーで並んでるものとは比べ物にならない程の質の良さだ。素人の俺だってわかる。
これを小十郎がつくってるんだよな。真顔で野菜に接してる姿とか…想像できないんだけど。
何て思っていると、小十郎がその籠を俺の前へと差し出した。
「すまねぇが、ちぃと手伝ってくれねぇか?今からこれを洗わなくちゃなんねぇんだが…」
「あれ?女中さんは?」
てっきりそういうのは女中さんがやる仕事だと思ってたんだけどなと思っていると、小十郎は駄目だというように首を横に振る。
「女中は全員、今夜の宴用の料理やら準備やらでこっちまで手が回らねぇからな。洗って切るだけなら誰でも出来る。」
だから自分がやるのだという小十郎。てっきりこの時代の人は『男子厨房に入るべからず』みたいな考えがあると思ってたんだけど、どうやら違うらしい。

