天下泰平は旦那と大将の夢だ。でもそれが叶ったら俺様は居なくなる。いらなくなる。
「そうすりゃ、あんたも人間になれるだろ。俺は人間のあんたと話してみたいんだ。」
「忍びを捨てたら、俺様は何にも残らないんだけどねぇ。」
今までずっと忍びとして生きてきたのに、今更人間に戻る事なんてできるんだろうか?そう考えてしまった自分に、小さく舌打ちをする。
考えるべき事ではない。考えたら、まるでそれを望んでいるようじゃ無いか。
「残るだろ。お前自身が。」
長曾我部はそう言ってから俺様の頭を撫でた。その手は額当てを柔らかになぞり、それから額、鼻筋へと下りていく。
「そうまでして、どうして俺様が欲しい訳?」
そこまで執着する必要性は全く感じられない。俺様の付加価値と言ったら、自分で言うのも何だけど、ずば抜けた情報収集能力に戦忍びとしての天性の才能で。
忍びを捨てた俺様には、それこそ自分自身以外は何一つ残らないというのに。
自分の脅しに負けなかった、というだけで欲しがるだろうか?
「教えねぇよ。自分で考えやがれ。」
問い掛けにムッとした顔をした長曾我部に鼻の天辺を指で軽くはじかれて、反射的に目を閉じる。その隙に、俺の唇に柔らかな感触。
驚きに目を開ければ、白銀の髪と長い睫。全く前後関係のない予想外の行動に俺様は動けなくなっていた。そのうちおずおずと目が開かれて互いの視線が絡み合う。
視線だけのやり取りはかなりのてだれだと言うのに、重なった唇はまるで子供のようだ。
暫くの後、長曾我部は顔を離して立ち上がった。
「自分で、考えろ。」
そう小さく囁くと、長曾我部は俺様を置いて歩いていく。きっとこのまま自分の砦に帰るのだろう。その後姿を眺めながら俺様は大きく溜息をついた。
どうやら、とんでもない奴に好かれてしまったらしい。
「あーぁ。」
忍びとしての俺様を求める人は沢山いた。俺様ってば、やっぱり有能だからね。
それだってのに。
「反則、でしょー…」
そんな風に、人間としてなんて言われたら。
押し殺していた人間の自分が顔を出す。優秀なはずの忍びの仮面に、ミシリと大きなひびが入る。
「本気は出したくないのにねぇ。」
それなのに、あの男の言葉を信じたくなるのは何でなのか。
それを考えようとして思考を停止させる。今もしそれを考えてしまったら、俺様は忍びとしてやっていけない。それでは困る。
考えるのは、あの男がうちの旦那を認めてからでも構わないだろう。
唇に残る紅の味がいやにはっきりとしていて、でもそれを拭えなかったのは何故だ?

