しかも長曾我部の発言から考えると、今港へと向かっているこの船がザビー教を制圧したのだ。たった一隻で、大将が参戦する事も無く。
そんな事が有り得るだろうか。
「…い、いや、冗談キツイよ。あの船一隻しか見えないって。どうみても戦帰りじゃないっしょ。」
「ハッ!一隻あれば充分よ。」
余裕に満ちた表情。港には人々が出てきてその船が到着するのを今か今かと待ちわびていた。
「四国の重機の噂くらいは知ってんだろ?あの船に積んだのはそれの最新型だ。」
確かに四国の重機の噂は知っている。国を傾けるほどの金額をつぎ込んで作り上げたカラクリだと言われ、出兵する分の金銭も無く、作ったはいいが宝の持ち腐れであると、そういう話しだった。
一体何処からそんな金が出ているのだと思ったと同時、俺様は漸くその理由を理解した。
海賊だお宝だ何だと言っていたのは、傾国気味の自国を潤す為だったのだろう。
「さぁて、後はあんたに話してもらえば良いだけだ。」
長曾我部は視線を海からこちらに向けるとニヤと笑みを浮かべた。
島津領そして毛利領、そしてザビー教がのっとっていた領地を手にした長曾我部軍は、豊臣ほどではないが、新たなる脅威になる事は間違いない。ここは一つ、豊臣と戦ってもらってその勢力をそいでもらった方がいいだろう。
本来なら旦那と大将以外が判断すべき話では無いけれど、こうやって裏で手を回すのもまた、俺様の仕事だ。
「豊臣軍は戦艦を一艘持っている。多分それを使ってくるだろうね。」
俺様が口を開くと長曾我部は驚いたような顔をしてから、嬉しそうに顔を緩めて俺の言葉を必死に覚えようとしている。
「表面は火攻めや大砲の脅威を恐れてかすべて鉄板。でも甲板は木材を使用している。主な攻撃法は巨大な大砲が二台。どちらも大きいが、一発撃ってからの時間がかなり開くよ。」
長曾我部はそうかとただ一言呟くと、真剣な表情をして暫く言葉を止めた。対応策を考えているのだろうが、すぐに表情が明るくなる。
きっと豊臣を下す案が浮かんだんだろうが…余りにも早い。それ程に自分達の戦力に自信を持っているんだろう、やっぱり自己愛野郎だと思っている反面、俺様はそうじゃないんだろうとも思っていた。
この男、食えない奴だ。
戦を嫌う姫若子、傾国の主。その情報は確かなものだと思っていたが、それはこの男の作り上げた虚像だったのかもしれない。
「あんたさぁ、結構頭いい方でしょ。」
「まぁな。」
こっちの言葉に自信満々に胸を張るのはまるでガキ大将の様。それが果たしてこの男の演じている人格なのか、それとも本当なのかはわからない。
まぁどちらにしろ、この男が中々計算高いのはわかった。
「情報操作でこの国を『姫若子の収める、攻める価値も無い小国』にして、『出兵できない傾国』にしたのは、計算?」
「情報操作なんて面倒な事ぁしねぇよ。ただ、結果的にそうなった。…姫として生きていたのは本当に、心の底から戦に関わりたくなかったからだ。」
ギリ、と小さな音。長曾我部は辛そうに奥歯を噛み締めている。
そんなに戦が嫌いなら、すべて放り投げて座敷に逃げ込んでしまえばいいのに。それが嫌ならこんな時代に生まれた自分を恨んで自害でも何でもすればいい。わざわざそんな思いをしてまで生きていく必要なんて無いだろう。
「重機を考えたのは、できるだけ自軍の死ぬ人間が少なくなる為。…どちらも結果的にそうなっただけだ。」
「自軍の人死にが減っても、敵軍は増えるよ。」
俺様がからかうようにそう言えば、長曾我部はその整った顔をグシャりと歪める。それは酷く醜いものを見た時の表情に近かった。
てっきり人死にに対する拒絶だと思っていた俺様は、その男にしてはやけに艶やかな唇が笑みを象っているのに気付いたと同時に、訳のわからない感覚に背筋が冷える。
「てめぇは一つ間違いをしてやがる。重機は元々敵を攻撃する為に作ったもんじゃねぇ。俺の攻撃のとばっちりを防ぐ為だ。」
ズン、と下っ腹に響くような威圧感。俺様の目の前の長曾我部、という人間が一気に変貌していくのがわかる。飄々としていたあの雰囲気は一気に消え去り、残っているのは強い意志を持つ隻眼。それだけが変化する事無く、ただただ俺様を見つめている。
「駄目なんだよなぁ。戦に出ると我を忘れる。我に帰った時に、敵軍はおろか、自軍まで壊滅してた時にゃ驚いたぜ。」
クツクツと喉で笑うその男、果たして本当に姫として生きてきたのかすらわからない。戦に関わりたくなかったと言う割りには、戦の話をしている時のこの嬉しそうな表情。
戦が好きで仕方が無いという面構えだ。
「不思議そうな面をしてんな。…俺がどうして座敷に籠もって女として生きていたか、教えてやるよ。」
そう言った途端に俺様を拘束していた網が外れた。今なら逃げられると気付いているのに、体は反応しない。まるで蛇に睨まれた蛙の様に、密かに押し殺した呼吸を繰り返すだけだ。
鬼、と称される男の本質。それがゆっくりと長曾我部、という枠を脱ぎ捨ててこちらを見やる。
「俺はな、戦が好きで堪らねぇんだ。でもそれで自軍を殺しちゃ話しにならねぇ。だから戦から隔離された部屋で自分を押し殺して暮らしてたんだ。」
「…冗談。」
笑う俺様の口は軽くひきつって。それに気付いた長曾我部はとても嬉しそうに笑っていた。至極嬉しそうに顔をまじまじと覗き込んでくる。

