「俺を殺すってか。そいつは面白ぇ冗談だ。…あんた、鬼の殺し方を知ってんのかい?」
ギロリと睨み上げるその男の目。片方だけだって言うのに、その眼光の強さに背筋がゾッとする。それを悟られぬように笑顔を貼り付ければ、相手は予想外だというように怪訝そうな顔をした。
自分を鬼と名乗る、四国の男。噂だけなら聞き及んでいる。
「長曾我部元親…サン?」
右目のみの隻眼の時点で気付くべきだったか。いや、でも長曾我部元親は最近まで『姫若子』と呼ばれていたはず…初陣で銃器を用いて勝利を手にし、新たな名『四国の鬼』を得たとは言え、このようにしっかりとした眼光を持てるはずがないと無意識のうちにそう思っていたのかもしれない。
「おぉ、俺も有名になったもんだな。」
満足そうに豪快に声を上げて笑う男、こいつが最近まで姫若子と呼ばれていたなんて誰が信じるだろうか。
まじまじと見ていると、長曾我部はそんな俺様を見てにやりと笑った。
「男前だから見とれっちまったか?」
「勘弁、そんな自己愛野郎は嫌いなんだ。」
笑顔で返してやればその顔が面白いように歪み、俺様の手を放して不機嫌そうにそっぽを向いて座り込む。そんな反応はまだまだ子供だね。
「あれれ、俺様帰っていいの?」
手を放すって事はそういう事だと思うんだけど。拗ねたからって、敵の間者を手放すなんて馬鹿のする事だ。やっぱりこの戦、長曾我部軍の敗北で終了っぽいけど。
まぁいいや、終わった仕事はすぐに退散ってね!
そのまま飛び上がって凧へと向かおうとしたその時だった。
「四縛。」
長曾我部がそう呟くと同時に俺様の回りに網が出てきた。あっと思うのもつかの間、すぐにそれが俺様をつるし上げる。
「漸く隙を見せたな。」
してやったりと言わんばかりの長曾我部。どうやらさっきのやる気をなくしたのは演技で、俺様を捕まえる為に内心では策を練っていたらしい。
それにまんまと嵌ってしまった自分に苛立ちを覚える。これがもし本気で殺そうとしている相手だったら俺様は殺されていたっておかしくないのに。そんな状況に追い詰められたのが腹立たしい。
「さ、お喋りの時間だ。」
「忍びが情報を吐くと思う?」
どんな拷問をされようが口を割らない自信はある。旦那にも大将にも迷惑はかけたくないし、それくらいなら自ら命を絶つ覚悟も在る。
ただ、自ら死のうと思った事は一度も無い。旦那に忠義を誓うなら、生きて帰って身を粉にして働く事が一番の忠義の示し方だと知っているから。
「難しい事ぁねぇ。豊臣軍の事をちぃっとばっかし教えてくれりゃあすぐにでも返してやるさ。」
「そっちって忍びいない訳?敵国の忍びに聞く内容じゃないっしょ。」
俺様の言葉に長曾我部はばつが悪そうに後頭部のあたりをガリガリと掻いた。まぁ海賊稼業で有名な長曾我部軍には忍びよりも海に詳しい人間の方が必要なんだろうしね。でも戦乱の世を生き延びるにはちょっと一直線すぎる人員ばかりだ。
「今、豊臣の軍の勢いは凄まじいからな。ここで止めときたいのはあんたらも同じじゃねぇのかい?な、利害関係は一致してるだろ?」
なるほど。それは間違ってはいないけど、情報を流すか否かは俺だけじゃ決められない。例え今から甲斐に戻って旦那と大将に確認を取ってから長曾我部軍に情報を流したとしても、その頃にはもう豊臣軍は出兵を始めているだろう。
それから準備をしたって間に合わない。何せ豊臣軍はあの天才策士、竹中半兵衛を手中に収めているのだ。付け焼刃の戦法ではすぐに落とされてしまう。
海を挟んだ向こう、もう一人の天才策士である毛利元就が着手してもぎりぎり勝てるか否か…。とはいえ、長曾我部軍と毛利軍とはあまりにも戦法や価値観が違いすぎるし、互いに手を取るような事はほぼ無い。
それに最近、毛利軍はまったくと言っていいほど戦を起こさず、沈黙を守り続けている。
「残念だけど、教えられないよ。」
四国に豊臣の成長を防ぐ為の生贄になってもらうのが一番都合がいいのだ。
「どうしても駄目かい?そんじゃあこっちの情報をくれてやるよ。あんたも知らねぇ超極秘事項だ。」
取引をしたいという事か。敵国である甲斐に対し、そのように情報を渡してでも手に入れたいと思わせる、豊臣の威力。それ程までに四国は切羽詰っている状況だという事か。
「おっ、来たぜ。丁度良いや、極秘事項の一つを教えてやるよ。」
一体何が来たというのか。つられる様に長曾我部の視線の方へと目を向けると、林の向こうに水平線が見えた。小高い丘からは丁度あの港も見える。
水平線の向こうから、西洋風の大きな船がやってくる。その大きな帆には長曾我部軍の家紋がついていた。悠々としたその姿は、まるで凱旋のようにすら見える。
そんな考えを持った瞬間、それを肯定するような言葉が俺の鼓膜を震わせた。
「長曾我部軍は、ザビー教の制圧に成功した。ついでに信者として働いてた島津と毛利も、今じゃ俺らの腹ん中だ。」
ザビー教と言えば、あの島津を懐柔して最南端を制覇した新手の宗教だ。数回偵察に行ったけど、本願寺といいザビー教といい…なんとも言いがたいものがある。
とはいえザビー教が南の脅威であったのは事実だ。ザビー教の信者だけなら討ち取るのは簡単だっただろうが、あの鬼島津と智将毛利を内包したそれを制圧しただなんて。

